大阪 スタジオ 防音室 Real One 短編 忍者ブログ

Real One

イザミカSSブログ。

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縁の目には霧が降る

※ひげの生えた臨也注意。






気持ち良く晴れた清々しい朝。
小鳥の声に交じって、携帯の無粋なバイブ音が帝人の住む四畳半に響いた。着信だ。せっかくの日曜日だからと携帯のアラームも設定せずに惰眠を貪っていた帝人だったが、その音に「ううう」と唸り声あげる。バイブ音が地味に鬱陶しい。無視して寝てやろうかと思うが、着信はしつこかった。夜遅くまでチャットをしていたから今日は昼過ぎまで寝ていようと思ったのに。仕方がなく携帯を握りしめ、表示画面を見れば「折原 臨也」。ため息をつく。朝っぱらからなんだろう、と寝ぼけた頭で考えてみるが、ここで着信を無視してもしつこくかけてくるだけだろうし、無視したらしたで後から面倒だ。
仕方がなく、携帯の通話ボタンを押した。

「……はい」
「おはよう帝人くん」

爽やかな青空のような声――だからこそいらっとする。
帝人がいらいらしているのがわかっているだろうに、電話の向こうの男は気にもせずにこやかに微笑んでいることだろう。

「おはようございます。何時だと思ってるんですか」
「もう6時だよ」
「昨日夜中までチャットやってたんで、眠いんですよ」
「いい若い者が。もうちょっと休日を有意義に使いなよ」
「余計なお世話です」

例えば俺とのデートとか、と続けようとした臨也の声をぶった切って、帝人は不機嫌にそう言い放った。
いい若い者が、だなんてどこのおっさんの台詞だ。

「それはともかく、俺そろそろ限界なんだよねぇ」
「はぁ?」
「帝人くんに会いたいし眠いし帝人くんに会いたいし。超限界。だから会いに来て」

先ほどまでのふざけた空気をがらりと変えて、真剣な声でそんなことを言う。少し、弱った声。言っている内容はふざけているとしか思えないのに、うっかりドキリとしてしまった。ついでに、目も覚めた。惚れた弱みとはこういうことを言うのだろうか。帝人が真剣な臨也に弱いと知っていてやってるのなら、本当にたちが悪い。
いや、多分。この悪い大人は、わかっていてやっているんだろうけれど。

「……何言ってるんですか?」

せいぜい冷たく聞こえればいい。わざとしらっと温度の無い声で言ってやったのに、臨也は再び繰り返した

「会いに来て。会いたい、帝人くん」
「……」

言いたいことだけ言って、ぷつりと電話は切れた。携帯電話から耳を離し、帝人は携帯の画面を睨みつける。通話終了。
こっちの返事も聞かずに切るだなんて。
こんなもの無視してしまえばいい。目が覚めたといっても、寝不足なのだ。安くて薄い布団だろうと、くるまって目をつぶれば、再び心地よい惰眠が帝人を包んでくれることだろう。休日だ。それが許される日だ。
だから、こんな勝手な電話など、無視してしまえばいいのだ。
会いたいなら勝手に会いに来ればいい。眠いなら眠ればいい。
けれど帝人は、再び布団に身を預けることも、携帯から目をそらすこともできなかった。
ここ数日、彼の仕事がひどく立て込んでいて忙しそうにしていたことを帝人は知っている。頻繁に会いに来る彼がちっとも池袋に来ないし、会えなくてごめんと本当に申し訳なさそうに電話がかかってきていたからだ。その電話の回数も、いつもに比べたら少なかった。しばらく携帯の画面を睨み続けていたが、結局帝人はため息をついて布団から起き上がった。


渡されていた合鍵を使って、新宿某所のマンションの扉を開ける。仕事場兼自宅というその部屋は、案外生活感がある。事務所はまた別にあるので、ここは本当に自宅としての扱いが大きいからだろう。

「……お邪魔します」

あまりに部屋がしんとしているので、思わず足音を忍ばせてしまう。そろそろ歩いて行くが、臨也が見当たらない。仕事用パソコンの置いてあるデスクにはいない。眠いと言っていたくらいだから、ベッドにでもいるのだろうか。きょろ、と首を巡らせて、目的の人物がソファに寝そべっていることに気付いた。すぅすぅと健やかに寝息を立てている。帝人が部屋に入った時点で、きっとその気配に気付いているだろうに、そのまま寝たふりをするのはいつものことだ。ふう、とため息をついて、どこかくたびれた様子の臨也を上から覗き込む。
仕事が立て込んでいたのは、本当なのだろう。目の下に少しだけ浮いているくまが見えた。しかし嫌味なくらいきれいな顔だ。疲れきってくたびれてこうしてソファでだらりと寝ているだけなのに、妙に色気があるというのはよろしくない。別に何がどうってことはないけど、やはりよろしくない、と帝人は心の中で繰り返す。ソファの前に座り込んで、たぬき寝入りの顔を観察する。少し肌が荒れている。寝不足のせいだろう。指の背でする、と撫でると少しだけかさついていた。

「あ」

ざり、と指で触れたものに思わず声をあげた。思わずまじまじと見てしまう。
いわゆる、無精ひげだ。
そりゃあ大人の男だし、ひげくらい生えるだろう。しかし臨也はいつも身綺麗にしているし、その綺麗な顔からはあまりひげというイメージを抱かせない。珍しくて、指でさりさりと何度もなぞってしまう。ひげがあるだけで、随分面立ちのイメージが違ってくるなぁと新鮮な気分だ。
そんなことに夢中になっていたら、顔に触れていた指をとられた。

「……何してるの」
「面白いから、つい」

ぱちり、開いた目はなんだか眠そうだ。案外、たぬき寝入り中も半分くらいは夢の中にいたのかもしれないな。

「臨也さんでも、ひげ、生えるんですね」
「当たり前だろ」

帝人だって男だから、ひげが生えたりもする。けれども、それはまだまだ薄くて、あまり目立たない。めったに剃る必要がなくてつまらない。男といえどまだ高校生だから仕方がないさ、と自分を慰めているけれど、ひげと縁が無さそうに見える臨也にも無精ひげを見つけてなんとなく複雑に思う。そりゃあ二十歳を超えた大人なのだから、臨也の言う通り、当たり前なのだろうけど。
むむ、と考えていたら、手首を掴まれて引っ張られた。とくに抵抗もしなかったので、帝人はあっさり臨也の上に倒れ込んだ。ぎゅ、と抱きしめられて、彼の体温にドキリとした。

「あー帝人くんだ……」

何するんですか、とか。日曜の早朝にいきなり会いに来いとかいい大人がわがまま言わないでください、とか。いろいろ言いたいことはあったのだけど、久々の抱擁に帝人は文句を飲み込むことにした。後で散々言ってやればいい。黙って大人しく腕におさまっていると、くつくつと笑われた。

「大人しいね」
「誰かさんのせいで、眠いんですよ」
「夜中までチャットやってたのは俺のせいじゃないよ」

翌日が休日のためか、珍しく夜遅くまでセットンさん罪歌がチャットに付き合ってくれたのも理由の一つ。それが楽しくてついつい夜更かしをしたのは本当だ。もちろん、そうなのだけれど。

「甘楽さん来ないかなぁ、と思って」
「……うわぁ」

感極まった声を出された。そのままぎゅっぎゅっと抱きしめられて頬ずりされた。あ、うわ。げ、ひげの感触。さっきはちょっとかっこいいとか思ったけど、こうして頬ずりされるとちっとも良くなかった。

「帝人くんかわいいなぁ」
「ちょ、臨也さん、ひげやです」
「もーこの子ったら! すりすりしちゃう!」
「嫌がらせですか!? やですってば、ざりざりする!」

別に痛いわけじゃないけど、感触が微妙すぎる。いやいやと首を振って、逃げようとするけれど帝人の抵抗など臨也は慣れきっているから、簡単に押さえ込まれる。ていうかこの人眠いとか言ってなかったか。頬ずりして人に嫌がらせする前にさっさと寝ればいいのに。

「さっきは見蕩れてたくせに」
「……珍しいから見てただけです」
「帝人くん、俺の顔好きだよね~」
「嫌いではないです」

実際、臨也の顔は整っている。別に面食いというわけでもないが、同じ男として憧れるし、もちろん嫌いではない。けど、にやけた顔は腹が立つし、その横っ面ひっぱたいてやりたい、とも思う。後、やっぱりひげがざりざりするのはよろしくない。すりつけてくる頬をぐいぐい押しやる。ひげやめろ。マジで。
本気で嫌がっている帝人を見て満足したのか、さすがに頬ずりはやめてくれた。が、抱きしめる腕は緩まない。

「帝人くん」
「なんですか、もう」

それどころか余計にぎゅうぎゅうと抱きしめられる。体温が心地よくて、寝不足の頭が再びとろとろと眠気を訴えてきた。

「会いたかった」
「……」

すん、と首のあたりの匂いを嗅がれるのは恥ずかしい。やめてと言うつもりで耳を引っ張ったら、キスをされた。
本当に触れ合うだけの軽いキス。
あ、久々だな、と思うと心がくすぐったかった。

「帝人くん」
「はいはいなんですか」
「眠い」
「寝てください」
「んー……」

あ、このまま寝る気だ。できればちゃんとベッドに移動して寝てほしいと思いつつ、帝人もうとうととまどろんできてしまった。
眠い。とても眠い。まあいいか。
たぶん、風邪とかひかないだろうし。一応まだ朝と呼べる時間だし、寝不足を解消しよう。起きたら、臨也にご飯を作ってもらおう。せっかくの休日だ、二度寝も悪くない。一人で惰眠を貪るより、良い。臨也と一緒なら、とても良い。

「……起きたらひげ、剃ってくださいね」
「ん」

聞いてるのか聞いてないのか、よくわからない返事をされる。とろんと夢にとろけた声だ。起きた時にはきっとまた、見慣れない顔にどきどきするんだろう。とろんとした意識でそう思って、帝人は眠気に身を任せた。





まぁ、嫌いじゃないですよ。
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