イザミカSSブログ。
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「君に非日常の現実を見せてあげよう」
たのしそうに笑って臨也が言う。
にっこり。そういう言い方が似合う笑い方なのに、何故かねっとりという音がついてまわっている気がするのは気のせいではないはずだ。
耳当たりのいい声のはずなのに、押し殺しているはずの色んな感情を逆撫でるような、そんな声に聞こえるのは気のせいではないはずだ。
「これから君に見せるものは、君の価値観を変えるかもしれない。君にとってトラウマになるかもしれない。君を君でなくしてしまうかもしれない。だから、俺は君に選択権をあげようと思う。高校生の、まだ酒も煙草もやれないしやる勇気と度胸もないような子どもに見せるようなもんじゃない、っていう分別位はつけれるからね。だから選ぶといいよ、帝人君」
俺のこの手を取ってついてくるか。
俺のこの手を払いのけてしまうか。
「もしこの手を払ってしまっても俺は君を怒ったりしない。怒る理由がない。君はそれだけの人間だったと思うだけだ。ごくごく普通の高校生だったと思うだけだ。君との接点が今以上に増えることはない。ただ、少し減るかもしれない。俺にとって君と会うメリットがなくなる以上、俺から君に会いに来る回数が減るのは当たり前だけどね。まあ君が会いに来るんなら別に拒みはしないよ? ただし君が俺とどうやって連絡を取るのかは知らないけど」
臨也との接触は一方的なものだ。
どこからともなく帝人の前に現れる。一体いつの間に、どこから入手したのかわからないが帝人の携帯電話にメールや電話をいれてくる。
ひどく一方的で、強制的。
だから帝人から臨也へ連絡をとったことは一度もない。
もし、帝人から臨也に連絡をとろうとしたならば、臨也が電話やメールをする際に残した履歴からになるだろうが、そんなものは携帯電話の解約やアドレス変更をしてしまえばあっという間に無意味なものになること位、帝人にはわかっている。
つまり、連絡をとる手段などないに等しい。
「俺が君に付きまとう理由を、君はきっと理解してるだろうね。まあ否定はしない。君がダラーズというネット発祥の、肥大化しすぎたカラーギャングの創始者なんてもんじゃなけりゃ、君なんて目にも止めなかった。……でも実際会ってみたらそれ以上に君が面白い人間だったから、つい深入りしてるんだけどさ。そこらは君が知る必要はないから割愛、ね」
ちょきん、と手でハサミをつくって何かをきる仕草をする。
ふざけた仕草なのに、妙に様になっているのはきっと彼の顔がいいせいであり、道化な真似をしてもゾクリとする恐ろしさがあるのはきっと彼の持つ気配のせい。
何を考えていて、何をしようとしていて、どこへ連れて行こうとしているのかさっぱりわからない。
こういう時に痛感する。
彼は、折原臨也という人は、自分よりも年齢を重ねた大人であり、自分よりも遥かに数奇な人生を自ら歩み、自分よりもずっとたくさんの非日常の世界を垣間見ているのだ、と。
ごくり、と唾液をのみこむ。
それでも喉は干からびたまま。声なんて出せそうもない。
それがわかっているからなのか何なのか、臨也は1人、上機嫌で話している。
「俺も一応理解してるんだよ。君がどうしてこうも素直に俺の呼び出しに応じたり、俺のふざけてるとしか思えない行動にも一々付き合ってくれてるのか」
慈愛に満ちている、とも言えるようで、そんなものと対極に位置するような笑み。
自分の足元がぐらりと揺らぐような、そんな不安に襲われる。
自分の中を覗き見られているような恐怖と、その恐怖さえも彼の手の中で握られているような恐ろしさ。
逃げたい、と思った。でも身体は動かない。ぶるぶると身体は震えているのに、足は動いてくれない。
そんな自分を見て、臨也は笑みを深めた。
「そんな嬉しそうな顔、するなよ。本当、君は興味深い人間だよ。恐怖や怯えを感じながらも、その恐怖や怯えの先にあるものを望んで歓喜するなんてさ。相当イカれてるね。まあ、だからこそ俺の見ている世界や俺のいる世界が羨ましいし、池袋っていう町に焦がれてるんだろうけど」
咄嗟に顔を片手で隠す。でも片手じゃ口を隠すのが精いっぱい。それにしたって既に見られているんだから意味がない。
今更顔を隠す帝人を、臨也は愉しそうに声をあげて笑った。
「そんな君だからね、俺は好きなんだ。気に入ってるんだ。だから、君にとっての後押しをちょっとだけしてあげようと思う。こんなこと、普通はしてあげたりなんかしないんだけどねえ。でも、俺にとって君が特別な存在になるかどうか、俺自身が興味あるんだ。だから……君に選ばせてあげよう」
俺のこの手を取るか、否か。
「さあ、どうする?」
ごくり、と唾液をのみこむ。
差しのべられている1本の手。
それを、帝人は震える手で握った。
「ようこそ」
臨也のひどく甘い声が鼓膜を震わせる。
けれどやっぱりそれはねっとりとまとわりつき、まるで縛りつけるかのような響きだった。
「っ……!!」
「目、逸らしちゃ駄目だよ帝人君」
連れられてきたのは薄暗くて小さくて汚い倉庫。
近づくにつれて臭う鉄錆びた香りに、帝人はまさか、と思った。
でもそれを尋ねようとしても臨也は上機嫌で鼻歌を歌い、ぐいぐいと帝人の手を引いて歩くだけ。
倉庫内には数人のスーツを着た男がいた。
その足元には
何人もの
死体。
「おいおい、こんなとこにガキを連れてくるなんざ無粋だねえ」
「彼はいずれこれが日常になる子ですから。慣れておくなら早い方がいいでしょう?」
「はっ……外道だな」
「ついさっきまで人殺しをしていた人に言われたくはありませんがね」
死体を足元に置いているというのに、まるでそこらで交わされる井戸端会議のようにのんびりとした会話。
耳に入る情報と目で見る情報の食い違いに帝人は何も言えなかった。
何も言えない間に、臨也は男達と何かの交渉を終えたらしく、軽く握手をして男達を見送る。
「さ、俺達もそろそろ行かないとね。下手な証拠なんて置き去りにして疑われるのも面倒だし。ていうか普段はこんな所俺も来ないんだけどさ。帝人君に見せるためだけに来たんだから感謝して欲しい位だ」
「こ、な……こ、んな…!」
「これが現実だよ」
背後から帝人の肩を押さえつけるように抱き、耳元に唇を寄せて臨也が囁く。
「これが、君の望んでいる『非日常の現実』だ。そしてこれがいずれ日常になるかもしれない。まあそうなったらきっと君は自ら非日常を求めて非現実的かつ非常識な行動に出るだろうけどさ。君の進化のスピードは目を見張るものがある。本当、楽しくて愛しい、俺のお気に入りの人間だよ、君は」
「ち、がう…違う! 僕は、こんな……っ!」
「何が違うってんだい? こういう非日常は求めてないとか、そんな温いこと言わないよね? 世の中の非日常を都市伝説みたいに温くて甘いものだと思ってたりしないよね? まさかそんな馬鹿みたいなものを求めてるわけじゃないよね? ……違うだろう? 君が求めてるのは、こういう血生臭いものも含まれてるはずだよ。そうじゃなきゃ、君の焦がれる非日常なんてあっという間にただの日常になってしまう。それに」
君、随分と愉しそうじゃないか。
「っ!!!」
「ねえ帝人君」
ねっとりと縛られていく。
がんじがらめになってく。
「君は俺の手を取った。それは、つまり、こういうことだ」
離れられない。
離れることを考えさせてくれない。
「帝人君」
ああもう。
もう駄目だ。
ヨウコソ。