イザミカSSブログ。
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※臨静表現あり注意。そこに愛はありませんが。 帝人の片思い。臨也ひどいです。
恋に落ちるとは良く言ったもので、なるほど多くの先人達が、きっとどうしようもない恋をしてきたのだろう、と帝人は思った。だからこそそんな表現が生まれたのだ。そう、どうしようもない恋をしてしまった。ほぼ一目惚れに近かった。気づいたら落ちていた。しかもそれが初恋だなんて、本当にどうしようもない。
幼馴染に話したところで「やめとけ」と忠告されるか、「あんなヤツのどこがいいんだよ」と苦い顔をされるだけだろうとわかっていたから、帝人は親友にも話さず、恋心を胸にそっとしまっておいた。誰にも話さず、自分だけの秘密にした。どうして「可愛いな」と思った同級生の女の子に恋が出来なかったのだろう。そう悔やまれてならないけど、やはりどうしようもないのだ。「やーめた」と簡単に無かったことに出来る思いではない。
帝人にだってわからない。あの人の一体どこがいいのか。どうして恋をしてしまったのか。何一つわからない。けれど、好きなのだ。どうしようもなく。あの人が笑えば胸は高鳴るし、怪我をしていれば心配になる。優しくされれば嬉しいし、冷たくされれば泣きたくなる。何故、どうして、は無駄だ。好きになったものは仕方が無い。恋に突き落とされた帝人に、為す術はない。
思いを伝える気は無かった。だってどこまでも不毛な恋だ。
帝人の恋する折原臨也という人間は、とにかく変わった人間だ。人間という生き物を愛し、観察し、それゆえに情報屋を営んでいる。どう贔屓目に見ても、恋に目が眩んだ目で見ても、明らかな変人。理屈っぽいが頭もいいし、容姿もいいのに口を開けば彼の良くわからない自論が繰り広げられる。博愛主義といってもいいのかもしれないが、彼の人間愛はとてもとても歪んでいるので、博愛主義という言葉はしっくりこないと帝人は思う。
きっとこの街に溢れる人間達と、帝人と。臨也にとっては何一つ変わりはしないのだろう。
学校からの帰路につきながら、帝人はそんなことを考える。今日は杏里も正臣もいない一人の帰り道だ。それが特別寂しいとは思わないが、彼らがいないとこうしてどうしようもないことばかり考えてしまう。やはり少し、寂しいのかもしれない。
必死に隠していた恋心だったが、趣味が人間観察の臨也には早々にばれた。あんなに一生懸命隠していたつもりだったのに、臨也にはばればれだったのかと思うとなんとも滑稽だ。告白もしていないのにある日突然、ごめんね君のことは好きだけど、特別じゃあないんだと至極あっさりフラれてしまい、帝人の恋はもう進めなくなってしまった。かといって、恋心は消え去ってはくれず、もう前にも後にもいけなくてただ踏みとどまっているばかりだ。
あれ以来、こちらの反応を見てにんまりとあまりたちのよろしくない笑みを浮かべていることがあるから、きっといまだに帝人が臨也を好きでいることもばれているのだと思う。そしてそんな帝人を観察するのが、彼には面白いのだろう。
本当に、なんて人を好きになってしまったんだ。
臨也をどれだけ好きになろうとも、彼にとって帝人は多くの人間の中の一人でしかない。帝人をフった後でも、何かと帝人に構ってくれるし、どちらかといえば気にいってもらえているのだと思う。だが、それはその他大勢と何ら変わりはない。いくらでも替えがきく人間なのだ。彼の特別には成り得ない。それは帝人の胸をしくしくと痛んだが、かといってどうしようもない。
それでも帝人は臨也を避けようとは思わないし、かといってフラれたリベンジをしようとも思わなかった。
池袋に溢れる、人。人。人。帝人もその中の一人。臨也にとっては、取るに足らないただの人間でしかないのだろう。せいぜい、ダラーズの創始者というポイントがつくくらいで、特に他に彼の気を惹くものもない。そんな自分にがっかりもするが、ではどうすればいいかと考えることもない。努力で何とかなるものではないと、それくらいはわかっている。
池袋で臨也と遭遇することはそう多くない。彼の本拠地は新宿だし、池袋にはあまり近づけない理由がある。理由。そう、平和島静雄が池袋にいるという理由がある。
――折原臨也の特別である、平和島静雄がいる。
彼は、折原臨也が特別だと思う唯一人の人間だ。
その他大勢と一緒でも彼に特別がいなければそれでいいと、帝人はそう思っていた。けれど帝人は気づいてしまった。彼を見つめるがゆえに、気づいてしまった。平和島静雄だけが特別なのだと。
気づいた時には戦慄が走った。嫉妬で心が塗りつぶされた。人間が好きだと声高に叫ぶ臨也が唯一「嫌いな人間」。それが平和島静雄だった。特別も特別だ。きっと臨也は、帝人が姿を消せばすぐに名前や顔を忘れるだろうけど、静雄のことは一生忘れやしないのだろう。どのような形であれ、彼は特別なのだ。
……考えるんじゃなかった。
帝人は、ため息を落とした。都会の夏は暑い。帝人の故郷も夏は夏らしく暑い日が続いたが、こんな籠るような暑さではなかったと思う。物が溢れているせいで、熱を放出するものも多いのだろう。ゆらゆらと揺れる空気にも粘度があるようで、どろりと暑い。その暑さに湯だった頭でも、つい臨也のことを考えてしまうから、平和島静雄のことまで頭に浮かんでしまった。嫌だなぁ。どろりと心に淀む嫉妬に、帝人は顔を顰めた。さっさと家に帰ろう。クーラーのないボロアパートは暑いには暑いが、それでもあそこは帝人の城だ。少し、一息つきたい。
嫉妬と暑さでくらくらとした頭だったせいか、周囲のざわめきに気付かなかった。肩に手を置かれるまで、帝人は後ろにいた人物に、まったく気づけないでいたのだ。
「―――おい」
低い声に、びくりと肩がふるえた。恐る恐る振り返ると、そこには池袋最強の男が、いつものようにバーテン服で立っていた。こんな目立つ人がこんなに傍に来るまで気がつかないなんて。鋭い目に見下ろされて、帝人の喉がひくりと震えた。帝人は静雄を知っているが、静雄が帝人の顔を知っているとは思わなかった。というか、何故声をかけられるのかよくわからない。静雄は帝人がダラーズのメンバーであり、高校の後輩であるということは知っていたはずだが、親しく声をかけあうような仲ではない。
「……えと、あの」
「ちょっと聞きたいことがある。時間あるか?」
怒っているわけではないらしい。肩に置かれた手にも、特に力が入っているわけでもない。本当に何か、話があるのだろう。周囲の人たちが不安そうに帝人と静雄に視線を向けてはいるが、随分と遠巻きだった。巻き込まれたくないんだろうな、と思いつつ帝人は静雄の問いにこっくりと頷いた。断って機嫌を損なっては、危ないと思っての判断だ。平和島静雄は非日常が具現化したような人間だ。臨也のことさえなければ、きっと帝人はこの人のことを好ましく思えただろうに、と思うと少しばかり勿体無い気持ちがした。
先導する静雄についていき、比較的人気のない道路の隅へ移動した。ガードレールに二人並んで腰をかける。自分が連れ出したというのに、煙草を吸い始め、静雄は話し出す気配がない。帝人も、無言のままだ。
じわり。暑さに額に汗が伝う。生ぬるい汗が皮膚をたどる不快さに、帝人は眉を寄せた。考えるんじゃなかったと思っていた人物と遭遇し、その上こうして話すことになるとは。今日はあまりついていないらしい。
煙草を一本吸い終わり、短くなった煙草を携帯灰皿に押しつけると、静雄はようやく口を開いた。
「……お前、さ」
「はい」
言いにくいことなのか。静雄は一つ息をついてから、しかしやはり結局言いよどむ。帝人をちらりと見て、だが静雄はその視線を逸らす。わかりやすい人だ。臨也とは正反対。
「なんですか、平和島さん」
「……お前、ノミ蟲のことが好きだって本当か?」
暑さのせいで頭がおかしくなったのかと思った。目の前がカッと赤く染まる。暑い。熱気にまた汗が噴き出した。うなじを汗が滑る。不快だ。不快だ。……不快だ。
誰から聞いたんですか? 愚問だ。一人しかいない。臨也本人が静雄に言ったに決まっている。帝人の恋心を知るのは、おそらく臨也だけだ。もしかしたら敏い親友が気付いているのかもしれないが、気付いていたとしても静雄に話すわけがないのだ。
「…………本当ですよ」
顎から汗が落ちて、アスファルトに浸み込んだ。熱されたコンクリートはすぐに汗を蒸発させてしまう。帝人の汗のせいでこの場の湿度は上がったろうか。もちろん、帝人の汗ごときそんな影響力があるわけもない。帝人の返事に、静雄がぎくりとしたのがわかった。体を強張らせたのだろう。長身でがっしりとしているせいか、動きも大きいのだろう。俯いている帝人にも空気を伝ってその様子がわかった。
「その、なんだ……あー」
「本気で、ですよ。僕は、本気であの人が好きです。もちろん恋愛感情で」
なんと口にしたものかと逡巡している様子だったので、先回りしてそう言ってやると、「……そうか」とぼそり口にして、黙りこんだ。沈黙が二人の間に落ちる。静雄が再び煙草に火をつけた。煙草独特の香りに、帝人は鼻をひくりとさせた。なるほど、この匂いだったんだな。ぼんやりそんなことを思う。
池袋に来て、珍しいことに帝人の部屋まで遊びに来た臨也がまとっていた香りだった。意外に思って「臨也さん煙草吸うんですね」とたずねた帝人に、にやりとひどく嫌な笑みを浮かべて臨也は言った。「ああ、シズちゃんの移り香かな」と。人間全てを愛する臨也が、唯一嫌いな人間、平和島静雄。臨也の特別。そんな人間を臨也がずっと放置しているわけがないのだ。何かしら、手を出しているに違いない。
嫌な考えに行きついて、蒼白になった帝人に、やはり嫌な笑みを浮かべたまま臨也はくつくつと喉を鳴らして、教えてくれた。どうやっても好きになれない彼を、無理矢理抱いてみたのだと。
静雄も臨也のことを心底憎んでいる。その憎んでいる男に抱かれたら、さぞ悔しいだろうと思って、抱いたのだと。屈辱と快楽にまみれた表情がいかに素晴らしかったかを事細かに語ってくれた。最高だったよ、と笑う目は、帝人の様子をじっくりと観察していた。これも人間観察の一環なのだろう。臨也に恋をしている帝人が、はたしてどう反応するか。
嫉妬で頭がどうにかなりそうだった。
けれど、それを表に出すのも悔しく、帝人は震える声で「そうですか」と返しただけだった。つまらなさそうに、臨也が鼻を鳴らしたのがやけに耳についた。どう反応すれば、彼の気を惹けたのだろう。帝人にはわからなかった。
今、帝人の横でガードレールに腰をかけて煙草を吸っているこの男は、臨也の肌を知っているのだ。それだけで、腹が煮えくりかえりそうになる。もしかしたら、懇願すれば臨也は帝人のことを抱いてくれるのかもしれない。だがそれは、帝人のなけなしのプライドが許さなかった。何より、少しでも心や体を許してしまえば、すぐに飽きられてしまうような気がした。多分、今の距離が一番いいのだろうと思う。名前と顔くらいは、覚えていてくれる距離だ。
「――やめとけよ」
「……え?」
嫉妬と熱気で頭をぐらぐらとさせていたら、煙草を銜えたまま、静雄がそう言った。思わず顔をあげれば、ひどく心配そうな瞳とかち合った。痛々しい色を含んだ、心配そうな目。わずかに、同情もにじむ。
「あんな奴、やめとけ。あいつがろくでもねーヤツだって知ってんだろ? ノミ蟲に騙されてるんだよ、だから」
目の前が真っ赤になった。
「あなたに……」
「あ?」
「あなたにそんなこと、言われたくない……っ!!」
こんな激しい感情が自分にあるとは、思いもしなかった。衝動的に、帝人は静雄の頬を張り飛ばしていた。腕力もないから、ぺちんと情けない音がしただけだった。頑丈な静雄には、蚊に刺された程度のダメージも与えられていないのだろう。傷一つ残せない。
けれど静雄は、突然の帝人からの攻撃に驚いたのだろう。きょとんと目を見開いて茫然としていた。ぽろりと、口に銜えていた煙草も落ちた。
帝人は、その煙草を思い切り踏みつけた。ぐりぐりと、なじるように踏みつける。この匂いは、好きじゃない。まったく好きじゃない。
「あなたに関係ないでしょう!? うるさいですよ! 放っておいてください!!」
叫ぶだけ叫んで、すぐに背を向けて走って逃げた。こんなことを言って、彼がキれたらどうするつもりだったのだろう。
だが静雄の頬をはたいた瞬間は、そんなことを考える余裕などなかった。ただ、憎らしくて。憎らしくて。……妬ましかった。
おそらく静雄は、厚意から帝人に忠告してくれたのだろう。臨也に関わるな、と。静雄は悪くない。だが、悔しかった。何故静雄からそんなことを言われなければならないのだ。あまりに、ひどい。
静雄は臨也の口から、どんな風に帝人のことを聞いたのだろう。臨也のことが好きだというおかしな男子高校生? 新しい面白いおもちゃ?
考えただけで、泣きそうになった。けれど泣くのも悔しかった。代わりに汗がだらだらとこめかみを伝う。頬を伝う。アスファルトにぱたぱたと落ちる。走ったせいで、息が切れた。干上がってしまいそうだ。この無駄な気持ちも、一緒に干上がってしまえばいいのに。
気付いたら、自宅近くに戻っていた。いつも通りのボロアパートが目に入り、ほっとする。踏み抜いてしまいそうな、年代物の階段を上り、部屋に向かう。自分の部屋に戻れることにほっとする。部屋ならば、一人になれる。帝人を追い詰めるものは何もいない。
汗でべたべたになったシャツが気持ち悪い。部屋に戻ったら、すぐに涼しい格好に着替えよう。走って乱れた息もようやく落ち着いてきた。ほう、と安堵の息をつき、しかし次の瞬間、帝人は息を呑んだ。
「――やぁ、帝人くん。久しぶり」
部屋の前に、笑顔の折原臨也が立っていた。せっかく落ち着いたはずの息が再びあがる。
「……お久しぶり、です」
「うん」
足を踏み出せないでいる帝人に、臨也がゆっくりと近づいてくる。一歩。また一歩。足取りはいつでも優雅だ。浮かべられた笑みは、ひどく楽しげだ。機嫌が良いのだろう。
ぴたり。臨也の足が止まる。
帝人のすぐ前で止まった臨也は、にっこりと帝人を見下ろしていた。顔が近い。
「聞いたよ帝人くん」
「……?」
「シズちゃん殴ったんだって?」
やるねぇ、と楽しげに口にして、くつくつと臨也が笑った。つい先ほどの出来事なのに、もう臨也の耳に入っているのか。情報屋は伊達じゃないのだろう。帝人としては彼の耳には入って欲しくなかったが。嫉妬に我を忘れて、池袋最強の男の頬をはたいた、だなんて。
かあ、と頬が熱くなる。俯こうとしたら、顎を臨也の指にとられて、無理矢理上を向かせられた。楽しそうに細められたえんじ色の目に、視線を絡めとられる。
「まさかシズちゃんが、喧嘩もしたことないような君に殴られるなんてなぁ~」
流石の俺も予想外だったな。歌うように口にして、臨也はまたくっくっと喉を鳴らした。今日は煙草の匂いがしない。静雄には会っていないのだろう。こんな時だというのに、そんなことにほっとしてしまった。
「帝人くんは、面白いね」
人間は面白い。普段彼が口にするのと同じ調子で、そう言われた。
「……はぁ」
「褒めてるんだよ?」
顎をつかむ臨也の指が、意味ありげに帝人の頬をなぞる。楽しげな笑い声は、何故だか帝人を追い詰める。臨也が笑っているのに、ちっとも嬉しくないのはどうしてだろう。
「うん、そうだなぁ。……キスしたくなるくらいには、興味深いかな」
頬をなぞっていた指にぐっと力が入り、頬を持ち上げられた。そのまま、がぶりと噛みつくように唇を塞がれた。驚きに、目を見開く。まさか彼と唇を合わせることになるなんて、思いもしなかった。
「面白いね、本当に。人間は面白い」
もっと楽しませてよ、と笑う臨也に、帝人は返事が返せなかった。どうやら、唇を許す程度には彼の中での自分の格が上がったらしい。
しかし、再び帝人の心がどす黒い気持ちで荒れ狂う。近くにいるだけでは気付けなかった。――なんてことだろう。唇を合わせたせいで気づいてしまった。また、煙草の匂い。
それが何を意味するかなんて、考えなくてもわかってしまう。そもそもこのキスも、元はといえば静雄とのやり取りのおかげなのだ。どこまでも、平和島静雄は折原臨也の特別なのだ。今のキスだって、その特別な彼の恩恵にあやかるようにして、掠め取ったキスだ。
ぶるぶると、体が震える。抑えつけたくて拳を握りしめるけれど、その手も震えた。
どうして落ちてしまったのだろう、恋なんかに。
こんな、こんな男に、どうして惚れてしまったのだろう。望みなんてありもしない恋だ。
人と違う生き方を望むくせに、どこまでも平凡な帝人は、あんな非日常の塊のような人間には、どうしたってなれやしない。
臨也に憎まれることも、殺したいくらい嫌われることもできないのだ。
悔しい。悔しい。
どうしてこんな人に。何度となく思う。
悔しさに、ぽろりと涙が一筋こぼれた。汗に交じって、ぽたり、顎から滴り落ちる。うれし涙? そう言って楽しそうに笑う臨也を、けれどどうしたって嫌いになれない自分が、一番悔しかった。