大阪 スタジオ 防音室 Real One 短編 忍者ブログ

Real One

イザミカSSブログ。

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I can't believe it!

※女体注意。「I can't trust you」の続きです。





「人っていうのは、先入観に囚われる生き物だよね」

朗々と語り始めた臨也に、帝人は溜息をついた。溜息を隠すことなんてしない。そんなことで気分を悪くするような可愛げのある男では無いのだ。帝人の重い溜息を気にすることも無く、臨也は話を続ける。
やはりこちらの様子などどうでも良いのだろう。彼は今、語りたいだけ。だったら壁にでも語ればいいのに。今度言ってやろうと思いつつ、帝人はまたわざとらしい溜息をついた。

こういうのは、聞き流すに限る。無心に大根を切りながら、帝人はそう心に決めた。
今日はいい日だった。大根は安く買えたし、牛乳も卵も安く買えた。おかげで大根たっぷりのお味噌汁が作れるし、明日の朝は牛乳がたっぷり飲める。うん、とても健康的だ。いいことだ。一人暮らしって意外と何とかなるもんだ。

「最初にそうだと思ってしまったら、そういう風にしか見えなくなる。単純だよね。だが、とても効果的だよ。先入観を与えたもの勝ち、ってことになる。良い人だと最初に信じさせたらこっちのもんだからね。ある意味フィルターを通しているようなものかな? 脳みそが思い込んで、そう指令を出すんだ。第一印象が大事っていうのも、ここから来ているんだろうね」

まったくよく回る口だなぁ、と帝人は思う。
ざっくり切った大根を鍋に放り込む。冷蔵庫の底でしなびそうになっていた長ネギと白菜も入れてやった。ああ、すごく具だくさん。美味しそうだ。ことことと煮込む音が心地良い。だしの匂いも好きだ。

何となく懐かしくなる音と匂いに、帝人は母を思い出す。
心配しているだろうか。
そもそも、男として学校に通う、だなんてとんでもないことを言いだした両親だが、それも一人娘を心配しての発言なのだ。こんなことは流石に出来やしないだろう、と思ってついうっかり口からポンと出てしまったのだろう。それを帝人が承諾したもんだから、驚いたし予想外だったに違いない。申し訳ないことをしてしまったと反省はしているが、それでも後悔はしていない。非日常がそこらじゅうに潜んでいる池袋という街は、帝人にとってそれほどまでに魅力的だったのだ。

「だからきっと君の真実を学校の奴らは見逃しているに違いないんだよ――ねぇ、聞いてる?」

でもごめんなさい。お父さんお母さん。
池袋に来て早々、たちの悪い男に女であることがばれ、弱みを握られてしまいました。
両親が知ったら、確実に即行で実家に強制送還。
池袋から離れなくてはいけなくなる。せっかく男装をしてでも、と腹を決めてきたのに、住んで数日でそれって悲しすぎるではないか。だから仕方がない、折原臨也には内緒にしてもらうしかない。
大根が煮えてきたので、味噌を溶かして入れた。味見。ちょっと薄いかな。もうちょっとお味噌を入れよう。

「あー聞いてます聞いてます。それで、ドラえもんがどうしたんですか?」
「清々しいほどまったく聞いてないね」

本当はちゃんと聞いていたけど、それを認めるのも嫌なので適当に思いついたことを言った。ドラえもんは大好きだ。幼い頃は夢中になってアニメを見ていた。あの猫型ロボットは、いつだって非日常に連れて行ってくれる。眼鏡の彼が本当にうらやましい。

「……ばらされたいの?」
「勘弁してください本当にごめんなさい」

低くなった声にすぐさま頭を下げて、味噌汁の味見の小皿を差し出した。その変わり身の早さに臨也ははぁ、と呆れたように溜息をつく。それでも素直に味噌汁の味見はするらしい。やはり今日もご飯は食べていくのだろう。炊きすぎても冷凍にしておけばいいか、と思って多めにご飯を炊いておいて良かった。
どうやら味噌汁の味はお気に召したらしい。小さく「ん」と満足そうな声が聞こえた。ちょっと薄すぎるかなと思っていたけど、それならば味噌は足さないでおこう。薄味好みなんだなぁ、と折原臨也のどうでもいい情報ばかりが頭にインプットされていくことに、帝人はまた溜息をついた。

「君は案外強かだよね」
「臨也さんといれば、誰でもそうなります」
「そうかな?」

返された小皿を受け取りながら、帝人は夕飯について考える。
後は、何を作ろうか。のんびりと考えながら、冷蔵庫にあるものを思い出していく。

「臨也さん何か食べたいもの、ありますか」
「茶碗蒸し」
「……好きなんですか?」
「うん、好き」

じゃあそれでいいか、と帝人は作り始める。
それだったらお味噌汁よりお吸い物が良かっただろうか。
まぁ、いいか。少々手間がかかるが、安くて新鮮な卵を買ってきたばかりだ。たった二人分だけ蒸すのも面倒だが、他に特に献立も思いつかない。
実家にいた時は母の料理の手伝いなんかほとんどしなかったせいで料理の手際こそ悪いが、帝人はそこそこに料理ができた。やっぱり母の味を、舌が覚えているものらしい。時々は電話してレシピを母に教えて貰っているが、なんとなくで作っても母の料理と良く似た味付けになる。母の手料理って偉大だ。
そして存外、その味を臨也もお気に召しているらしい。最近では、夕飯を共にする回数が増えている。学校帰りに待ち伏せしては、そのまま帝人のボロアパートに居座り、夕食を要求してくるのだ。お金ならもってそうなのに、どうしてわざわざ、と思うのだが、弱みを握られている帝人に拒否権などあろうはずもない。食費もちゃんとくれるので、帝人としては実はとてもとても助かっている。なんせ、苦学生なので。

しかし折原臨也という男は、帝人が「実は女である」という弱みを握ったが、特にこれといって無理な要求をしてくることは無かった。
せいぜいがご飯作ってとか、簡単なものだ。「ばらすよ」などといってさっきのように、軽く脅されることはしょっちゅうだし、時々意地の悪いことを言ってこちらの反応を観察しているようだが――ただの彼の趣味だろう。
「人間」が大好きだそうだから、「男装してまで池袋にいたい女子高生」という珍しい生き物を観察できるだけで満足なのかもしれない。そのうちに一緒にいることに慣れてしまって、臨也といる時間も多くなった。まったく何と言っていいのやら。訳のわからない関係だと帝人は思う。

「それで、さっきの話の続きなんだけどね」
「え、まだ続いてたんですか」

何を話していただろう。そういえば先入観とかなんとか。

「まだ本題にすら入って無かったよ」
「はぁ」

干し椎茸、とかまぼこはあったかな。銀杏とゆり根は無い。から、なんちゃって茶碗蒸しになるだろうけど、いいか。
今度はちゃんと美味しそうな海老を買ってから作ろう。

「……聞いてる?」
「あ、すいません。茶碗蒸しについて考えてました」
「ちゃんと聞いて」

茶碗蒸しを作る手を止めさせられる。包丁を持っていたのに、危ないな、と思いながらも帝人は素直に手を止めた。手をエプロンで拭おうとしたら、その手を掴まれる。卵を割ったばかりだけどいいのだろうか。

「だから、先入観だよ」
「はぁ」
「高校に入ったばかりで、君たちはまだ中学生に片足突っ込んでいるような年頃だ。つまり、大人ほど性差が目立たない」
「そうかもしれませんね」

いつの間にか畳のところに移動して、座らされる。
狭い部屋だからすぐ横だ。二人してぺたりと座りこんで、一体何をやっているのだか。せっかく出来た味噌汁が、冷めてしまう。温め直せばいいだけだが、多少香りもとんでしまう。割合手間のかかる茶碗蒸しを作ると決めた時点で、出来立ての味噌汁を味わうのは無理だと決まっていたが、だからこそさっさと調理を続行したい。が、臨也はそれを許してくれなさそうなので、腰を押し付けて話に付き合うことにした。

「だからさ、入学当初の君はまだまだ発展途上だった訳だから、男装でも違和感がなかったわけだ」
「……」

随分と失礼な言いようだが、事実なのだから仕方が無い。事実、帝人は男にしても女にしても体格が良いとは言い難いのだ。だからこそ男女の境界が曖昧で、男と言われれば男に見えるし、女と言われれば女に見えるだろう。名前だけなら、本当に男のようだから、なおさらだ。

「流石に大人になれば、君も女性になっていくだろう。だけど君は、男の子として入学した。その先入観のおかげできっと君は高校3年間を乗り切るだろう。俺がばらさない限り、ね」
「……それは、どうも」

人間観察の第一人者である折原臨也が言うのだからきっとそうなのだろう。目の前の男がばらさない限り、本当の性別がばれずに池袋にいられることに、ほっとして帝人は目元を緩めた。と、その瞬間に目元をぐいぐいと親指で擦られた。
見れば、臨也は何故だか少しだけ渋い顔をしていた。いつもうっすら笑みを浮かべているような男だから、珍しい。

「だけど、気の緩みは真実をのぞかせるよ」

だから気を付けてよ、と言われ、また帝人は素直に頷いた。

「先入観とそのエアコンみたいな名前がなければ、君なんかすぐに気付かれるよ」
「えっ」

良く分からないが、ばれるのは困る。
せっかく抜け出せた日常。期待を胸にやってきた非日常のつまる池袋。
この街にいるためには、竜ヶ峰帝人はどうしても男でなければならない。
気を緩まないように行こう、と帝人は顔にきゅう、と力を入れた。これでどうだ、と思ったが、上手く行っていないらしい。臨也の顔は、少し苦いままだ。まだまだ気が緩んでいるのかもしれない。気をつけなければ、と帝人は自分に言い聞かせた。

「――現に、君の真実を知り、先入観を持たない俺には、」
「?」

「…………いや、やめておこう」

臨也が言い淀むのは珍しい。不思議に思って、首を傾げたら、ほらまた、と頬をつねられた。あ、これは誤魔化されているな、と思ったが、きっと問い詰めても臨也は答えてくれない。
それにしても本当に珍しい。口から生まれたんじゃないかと思うくらい雄弁で、理屈をこねくり回して言葉で攻撃を行うような人間なのに、そんな彼が言い淀むだなんて。一体何を言い淀んだのだろう。正直なところ、大変気になる。思わずむう、と眉を寄せたが、それは臨也の苦笑を誘っただけだった。

「もっと男らしい顔をしなきゃ」
「……努力します」

いつもかっこいいナンパの仕方、とかかっこいい立ちポーズとか表情とか無駄に練習している正臣に聞いてみるのもいいかもしれない。男らしさとはなんぞや。きっと無駄に高いテンションで教えてくれるだろう。それが実際にかっこいいか男らしいかは謎だが、まあ参考くらいにはなるかもしれない。

「ねぇ帝人ちゃん」
「その呼び方やめてください」

普段外ではきちんと「帝人くん」と呼ぶくせに、二人きりになるとこれだ。わざとらしく「帝人ちゃん」と呼んでくる。男らしい名前だからか、どうにも「ちゃん付け」が似合わない。昔からその呼ばれ方は、あまり好きではない。それに、誰かに聞かれたらどうするのだとハラハラもする。そう思って何度も抗議しているのだが、臨也は一向にやめようとはしなかった。毎回呼ばれる度に、文句は言うようにしているが、これはきっと言っても無駄なのだろうなと半ば諦めている。

「帝人ちゃん、はやく茶碗蒸し食べたい」
「調理を中断させたのは誰だと思ってるんですか」
「俺だねぇ」
「わかってるんじゃないですか」

しつこく頬をつねる手を振り払って立ちあがった帝人は、調理の続きをすべく台所に向かう。ちょっと腹が立ったから、臨也の分の茶碗蒸しに入れるかまぼこは一個減らしてやろうと思う。

帝人の華奢な後ろ姿を眺めながら、臨也は畳に取り残された。先入観がどこまで、通用するだろうか。そんなことを考える。エプロンの紐で絞められた細い腰に、細い首。小さな頭。細い手。大きな目、小さな唇、柔らかい頬。それら全てが、竜ヶ峰帝人は女なのだと主張しているように臨也には見えた。

「……まいったな」

手のひらで軽く顔を押さえて、臨也はぽつりと零す。
狭い狭い部屋なので、帝人にも聞こえるかと一瞬ひやりとした。
だが、再び茶碗蒸しに占領された帝人の頭、および耳には臨也の呟き届かなかったようだった。





もうどうしたって君が女の子にしか見えないんだよ。
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