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「Dominant Negative」サンプル






折原臨也にはお気に入りの話がある。


その一、「人間」が他の生物と比べて、いかに素晴らしい生き物であるか。
その二、自分がどれだけ「人間」という生き物を愛しているか、又どのようにして愛してきたか。(もちろん、臨也は個人ではなく「人間」という生き物のくくりで愛しているため、これは臨也の恋愛話ではなく、ただの「人間」観察の話である。)
その三、平和島静雄がいかに臨也の愛する「人間」という生き物から逸脱した化け物であるか。

つまりは最終的にはのろけ話なのだ、と帝人はそう解釈している。
機嫌が悪い時も良い時も臨也はこの話をくどくどと話す。ちなみに、一から三まではセットである。何度も何度も聞かされれば、いい加減話も覚えてくる。話す切り口は毎回違うが、結論はいつだって一緒なのだ。
平和島静雄が折原臨也にとってどれだけ特別か。
化け物である彼と、どう渡り合ってきたか。
どれだけ理屈や道理が通じなくて苦労したか。
だというのに、一体何故そんな化け物とお付き合いするまでに至ったのか。

臨也曰く、理屈も道理も通じないような男は胸糞が悪かったけれど、あまりに「人間」から逸脱しすぎていて、とても無視して生きていける存在ではなかったそうだ。
憎んで嫌って殺してしまいたかったが、この先この男を障害にして生きるより、取り込んでしまった方が楽だと考え、これまで愛されたことのない化け物を、物は試しと愛してみたのだそうだ。
臨也は饒舌にそう語るが、帝人にはどれもこれも言い訳にしか聞こえない。理屈をこねまわしたところで、結局のところ、臨也は静雄が好きで仕方がないのだろう。

――非常に、悔しいことに。




:::




そう、臨也は静雄が好きで仕方がない。そのはずなのに、どうして、いつもこうなるのだろうか。
臨也の頬に派手についた切り傷や、手足の痣や擦り傷を見下ろして、帝人はしみじみとため息をついた。
電話で突然呼び出されたと思ったら、これだ。
大学から帰宅して、「今日の夕飯はどうしようか。時間もあることだし、たまには味噌汁でも作ろうか」と自分の部屋でのんびり過ごそうと思っていたら、「今すぐ来て」と電話でいきなり呼びだされた。その理由を尋ねる前に電話を切られてしまったが、どうせまた静雄と喧嘩でもしたのだろうと簡単に予想はできた。
脱いだばかりのコートを再び羽織って、冬の冷たい空気に頬を冷やしながら臨也のマンションに行ってみれば、案の定怪我だらけの臨也がソファで不貞寝をしていた。ご自慢のコートは埃っぽく、ところどころ破れていて、本人の表情は不機嫌そのものだった。
間違いなく、天敵兼恋人である平和島静雄と、また痴話喧嘩という名の殺し合いをしてきたのだ。
のろけ話をしょっちゅう語って聞かせるほどに静雄に惚れこんでいる癖に、どうしてこれほど頻繁に喧嘩をすることになるのだろう。理解に苦しむ。
余りにも自分の予想通りだ、と深く深く溜息をつけば、寝転んだままの臨也にじろりと睨まれた。不機嫌を隠すこともしない。そっちが呼び出したくせに、と文句の一つも言いたくなるが、ぐっと飲み込んで、帝人はいつもの場所から救急箱を取り出した。
今日は、波江が早めに帰宅してしまったらしい。そうでなければ、きっと波江が帰宅してから、夜遅くに帝人は呼び出されていただろう。こうして不機嫌さを全く隠しもしない臨也の相手が出来る人間は、実は限られている。大抵の人には、臨也は笑顔で上っ面を取り繕って、不機嫌さを気付かせないのだ。こうして帝人が不機嫌な臨也を見られるようになったのは、割と最近のことだ。
ソファに寝転がる臨也にコートを脱ぐよう促し、帝人は救急箱の蓋を開けた。定期的に臨也が怪我をするため、中身は豊富である。その中から消毒液とガーゼを取り出しながら、帝人はソファの前に座りこみ、せっせと治療を続けていた。そろそろ聞いたら答えてくれるだろうか、と帝人は口を開いた。あまりに不機嫌だと、臨也は返事すらしてくれない。
「それで、今日の原因は何なんです?」
「……デートのドタキャン」
消毒を終えた頬の傷に絆創膏をぺたんと貼ってやると、頭を振って、帝人の手から煩わしそうに逃げた。
逃げた頬を特に追いかけることもせず、帝人は手を行儀よく己の膝に戻した。
「今週末遊びに行かないかって言ったら、ケーキバイキングに行く予定があるからパスだってさ」
「それ、別にドタキャンって言わないんじゃ」
「恋人との約束を何より優先させるべきじゃない?」
「……」
「それに、もうこれで先月から三度目だ。いい加減俺だって、我慢の限界だ」
おそらくデートを断られたことよりも、断られた原因が気に食わないのだ。静雄が一緒にケーキバイキングに行く相手で思い当たるのは、彼の上司である男か、後輩である女性、あとは彼に懐いている少女くらいか。
臨也から聞いた情報がほとんどで、帝人が実際に静雄の上司である田中トムや、後輩であるヴァローナと直接話したことは数えるほどしかない。二人とも、少しだけ変わっていたけれど、おそらく平和島静雄を苛立たせず、穏やかに付き合える人達なのだろうというのが帝人の感想だ。
臨也のこの苛立ち様から見て、十中八九ケーキバイキングに行く相手は後輩であるヴァローナだ。
静雄がなんだかんだと彼女に甘いのが臨也には気に入らないらしい。だからきっと、必要以上に静雄を苛立たせることを口にしたのだろう。それでいつものように喧嘩になって、いつものように池袋のド真ん中で犬も食わないような恐ろしい戦争を繰り広げてきたに違いない。はなはだ迷惑なカップルである。
臨也の策略により静雄が逮捕された後から、付き合い始めているから、二人の付き合いはそれなりに長い。だというのに、喧嘩はいまだに耐えないらしい。
自分を陥れ、免罪で逮捕される原因を作った男と、どうして静雄が「付き合おう」だなんて、とちくるったことを考えたのか、帝人にはおおよそ理解が出来ないのだが、臨也いわく「あれも行き過ぎた愛情の結果」らしいので、そこらへんはきっと臨也の屁理屈やら何やらで上手く丸め込まれてしまったのだろう。
臨也も臨也でそこまで静雄を陥れ、痛めつけて、そうしてようやく己の気持ちを素直に受け入れることが出来たので、その後から静雄への猛アピールをしたとかしないとか。新羅がセルティに話したことを、帝人は彼女から又聞きしただけなので、本当のところはわからないけれど、腐れ縁である新羅がそう言うのだから、その話はそこそこ正解に近いのだろう。
そんな殺伐とした青春を送り、その結果どうして恋愛関係に落ち着いたのか、帝人にはよく解らないのだが、他人の恋愛事なんて、どれもそんなものだ。他人の感情なんて、そうそう理解できるわけもないのだし。
彼らの関係を知っているのは、数少ない限られた人間だけだ。それは静雄が、臨也との関係を知られたくないと言っているからだ。自身が普通ではない怪力を持っているためか、静雄は「普通」にひどく敏感だ。だから同性である臨也と恋人同士であることに引け目がある。
もちろん、二人の関係など素敵に無敵な情報屋さんの手にかかれば、恋人であることを隠して、ただの腐れ縁の天敵同士だ、ということにするのは容易い。実際過去には正しくそうであったのだから――と、自慢げに言っていたのを臨也本人から帝人は聞いた。
つまり、この話もただののろけだ。可愛い恋人のためならなんとやら、ってやつだ。
考えて、チリリと痛む胸を自覚する。覚悟の上でこうして臨也の傍にいるのに、割り切れない部分はどうしても存在して帝人を苛む。
己の情報操作能力を駆使して、愛しい恋人の望むままに関係を隠したはいいが、臨也は時々それを不満に思うらしい。「人の目なんて気にしなくていいのに。もっと大っぴらにいちゃつきたい」臨也が思っているのは、きっとそんなところだろう。
そして何より、臨也にとってはそんな些細なこと(もちろん、臨也にとってだ。帝人も静雄と同意見で、性別が些細なこととは思えない)を気にする余裕もないくらいに、自分のことをもっと一生懸命愛して欲しいと願っているのだ。
臨也が静雄を愛するのと同等の物を返して欲しいと、そう願っているのだ。臨也から直接聞いたわけではないけれど、帝人にはそう見えた。
「静雄さんにも、仕事の付き合いってものがあるんでしょう」
どうしたって静雄がヴァローナと一緒に出かけることは気に食わないのだろうけど、帝人はおざなりの慰めを口にする。
「……仕事ね。仕事中に仲良く後輩と手を繋ぐ必要ってあるのかな」
情報屋さんはなんでも知っている。直接目撃したのかどうかはわからないが、その場面を思い出したように臨也は不快そうに眉を寄せた。
「あるんじゃないですか?」
「……」
俺とは繋いでくれないのに、とその表情が語る。それは静雄が、仕事中に後輩の女性と手を繋ぐのは普通だと感じており、デート中に恋人の男性と手を繋ぐのは普通ではないと感じているからだ。それに前者はきっと人混みではぐれそうだったとか、あっちから手を繋いできた、とか色々と理由があるのだろうと帝人にだって予想できる。繋いだ手を冷たく振り払えるような人ではないし、静雄のことだ、彼女と手を繋ぐことに、下心や他意があるとは思えない。
ヴァローナと静雄は、彼女が日本に来てまだ日が浅い頃からの付き合いだというから、知らないことの多い国での生活において、きっと静雄のことをとても頼りにしてきたのだろう。彼に懐いていてもおかしくない。
もちろん帝人にだって想像できるのだから、臨也だって解ってはいるのだろう。が、そこは恋人として、どうしても心穏やかではいられないらしい。
これだけ決定的に性格の違う二人だから、きっとこんな行き違いや、意見の食い違いを何度も繰り返してきたのだろう。それはきっと頻繁だったに違いない。よくぞこれまで付き合いを続けてこられたものだ――なんだかんだと、これでもお互いに歩み寄ってきたからこそ、二人は今も一緒にいられるのだろう。
もちろん、それは帝人の知り得ない、彼らだけの歴史なのだけれど。
「早めに仲直りした方がいいですよ」
だから帝人が言わなくても、臨也もそんなことは承知している。これはただの余計なお世話だ。
「……帝人君はさぁ」
「なんですか?」
ソファにうつ伏せになった臨也は、上半身だけ起こし、帝人の顔を不満そうに覗き込む。
「そこで、静雄さんなんかやめて、僕を選んでください、僕ならそんな思い絶対にさせません! ……とか可愛く迫ってくれてもいいんじゃないの?」
「……」
「なんて目で俺を見るんだ」
勝手なことを言う臨也を、胡乱なものを見る目でじっとりと睨みつける。
大げさに嘆くのが非常に、わざとらしい。ああ、またからかわれているんだな、とすぐに気付く。
なんとも趣味の悪い、からかい方だ。
たとえ帝人がそんな風に迫ったところで、臨也は鼻で笑うだけだろうし、帝人の思いに決して応えたりはしないだろう。最初こそ面白がって、応える「フリ」くらいはするかもしれないけれど、臨也のことだ、そんなものじきに飽きるに決まっている。そこまでわかっていて、なんでそんなことしなきゃいけないんだ。
本当のことを言えば、帝人だって臨也にそう詰め寄りたい時もあるのだ。
どうしてそんなに喧嘩するのに、付き合っているんですか。臨也さんと静雄さんは、きっと相性が悪いんです。好きだと、愛していると言われたいのならいくらでも僕が言います。手を繋ぐのだって腕を組むのだって、僕だったら嫌がらないし、デートだって臨也さんとの約束を、何より一番に優先させます。あなたに寂しい思いなんて、絶対させません――、なんて。そんなことは、もちろん考えるだけだ。



冒頭抜き出してきました。
臨也と静雄が付き合っていて、帝人くんが臨也の浮気相手なとこから始まります。
臨静から、純愛?な臨帝に至るまでの、すったもんだなお話です。
静ヴァロ、新セル表現もあります。
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