イザミカSSブログ。
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インターホンが鳴った。
真夜中もいいところの時間、帝人は既に寝る気満々で、さあ布団に入って眠ってしまおうと思っていた。
そんな布団に手をかけた瞬間に鳴り響いた音を、一瞬無視してやろうかと思った。
けれどインターホンは鳴り続ける。それも連打だ。
大概の人間は眠っている、もしくは眠ろうとしている真夜中という時間。
帝人の暮らすアパートは防音が効いてる高級マンションではないから、隣のインターホンは静かにしていれば壁越し、ドア越しに聞こえてくる。
イコール、この連打は近所迷惑極まりない。
そんな答えを導き出している間もインターホンは連打され続け、もういっそボタンがへこんで戻らなくなっちゃえば音も鳴らないのに、と心で毒吐きながらも玄関のドアを開けた。
「やあ帝人君」
「………い、臨也さん? です、よね?」
「それ以外に何に見える? あ、シズちゃんに見えるって言ったらいくら帝人君でも思い切り殴り飛ばすから。俺の顔とお揃いの傷、つくるのもいいかもしれないけどさ」
「全力でお断りします。ていうか、え? その傷どうしたんですか?!」
「とりあえず中にいれてよ」
「あ、すみません」
少し身体をずらせば心得たように室内に入り込んでいく。
数歩歩けばすぐにベッドのある部屋に辿りつくその道中、臨也は着ていたフード付きのジャケットを無造作に脱ぎ棄て、ドサリとベッドの上に腰をおろした。
そこに座られると、いよいよもって帝人の睡眠が遠ざかることになる。
しかし左目を白い眼帯で覆い隠している臨也から、その理由を聞かない限りどうにも眠る気にならなかったから、まあ構わないだろう。
ペットボトルのお茶をコップに注いで臨也の前に差し出すと、無言でそれを受け取り、一気に中身を煽られた。
「まだ飲みますか?」
「んー、いいや、いらない」
「そうですか」
空っぽのコップを受け取って、洗いものが増える位なら、とその空いたコップにお茶を注ぎ、半分ほどまで飲んでから近くのテーブルに残りを置いて臨也の隣に腰を下ろす。左側に座ったので、眼帯が妙に強調されて見えた。
男の帝人からしても「かっこいい人だな」と思う外見をしているから、眼帯をしている姿もやたらとかっこよく見える。羨ましい。
「あの、臨也さん」
「何?」
「それはこっちの台詞です。何でこんな時間に家に来たのかっていうのも疑問ですけど、その左目のが気になって仕方ないんですけど……まさか」
「シズちゃんじゃないよ。シズちゃんにこんな傷つけられてたら、ショックでシズちゃん殺すし」
「普通ショックを受けた方が死ぬんじゃないですか」
「何で俺が死なないといけないの? 冗談でしょ。死ぬのはあっちに決まってるのに」
本人はかなり真面目にそう言っているらしい。本当に、どれだけいがみ合っているんだ。帝人にはあまり関係のない事だし、関わりたくないことだから深くは聞かないけれど、たまに……本当にたまーに、聞いてみたくなる。
でも今は聞く時ではないだろう。
それより、静雄でないのならば、一体誰が臨也にこんな傷を負わせることができるのだろう?
「誰にやられたんです?」
「園原杏里ちゃん」
「は!?」
「……って、言ったらどうする?」
にやりと笑う様子はいつも通りだ。
からかい口調で相手の心臓の根っこを掴み、じわじわと締め上げ、追い詰めていくような会話をする所も腹立たしいほどにいつも通り。
いつも通りすぎて、眼帯姿がひどく奇妙に浮き上がって見える。
「彼女のせいじゃないとは言いきれないけどね」
「え? それって」
「でも帝人君、彼女に殴られて俺がこんな眼帯をするほどのケガをすると思う?」
「……思いません」
「ならその直感を信じていいんじゃない」
他人事のように言っているが、臨也にしてみれば決して他人事ではない。怪我をしている張本人なのだから。
そして帝人にとっても、クラスメイトであり大事な友人の名前を出されては他人事とは思えない。
どういうことだ、と追及したい。
でもできなかった。
いつも通り外気に晒されている右目が、妙にギラついて見えて怖かったのだ。
「……何しに来たんですか」
「帝人君に会いたくなったから来たんだよ」
「訳がわかりません」
「うん、わからなくていいよ。訳がわからないって顔してる君の顔を見に来た」
「……馬鹿にしてます?」
「まさか。すごく真面目だよ。じゃなきゃこんな真夜中にわざわざ君んちに来る訳ないだろ? 帝人君だって今日は疲れてるだろうし、ね?」
じくりと胸が痛む。
臨也の言葉がねっとりと帝人に貼りつくような、不快な感覚に片眉をひそめた。
現場にいなかったはずの臨也が何故知っているのか、というのは多分愚問だ。
彼の仕事は情報屋。
彼の掌の上には膨大な情報が転がっていて、彼は指先でそれを弄び、時には指先で弾き飛ばしては間接的に他者を攻撃する。
今日、帝人に起きた出来事を彼が知っていても何らおかしなことではない。
けれど、たった数時間でわかるものなのだろうか。
それとも、もしかして、彼は。彼が。
「寝よっか」
「………は?」
「うん、寝よう。何か今日は俺も考えるの面倒くさくなってきた。寝よう寝よう」
「ちょっ、待っ……何!?」
「はいおやすみー」
「臨也さん!」
勝手に布団の中にもぐりこまれた挙句、帝人の腕を強引に引いて布団の中に引き込むと、抱き枕よろしく抱きしめたまま臨也は目を閉じてしまった。
ちょうど臨也の胸元に顔を押し付ける形になり、妙な気恥ずかしさに何とか逃げようとしても、腕の力は一向に弱まらない。下手に動いて顔の傷に触れてしまっては、とか、もしかしたら見えないだけで身体にも傷があるんじゃ、とか思うと抵抗もままならない。
要するに諦めて寝るしかない、ということで。
「……はぁ…まあいいや」
他人の体温は存外に心地いい。遠かったはずの睡魔がすぐそこにある。
帝人は欠伸を1つ零し、近寄ってきた睡魔に意識を委ねた。
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