イザミカSSブログ。
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ひんやりとしたものが額に置かれた。
とても気持ちいいけど、何が置かれたんだろう?
確かめたいけど目を開けるのが億劫だ。でも気になる。何だろう?
しばらく葛藤は続いたが、額に置かれたものが気になって帝人は目を開け、のろのろとした動きで額に手をやる。
ひんやりしているのに妙に乾いた肌触り。
なんだこれ。
しばらく悩みは続いたが、冷えピタだと気付いてしまえば何だ冷えピタだったのか、ですぐに頭は納得した。
しかしすぐに新しく疑問が出てくる。
この家に冷えピタなんてあったっけ。いや、ない。
ていうか、こんなもの貼り付けた記憶はない。
そもそも貼り付けられたのは自分が寝ていたついさっきのことだ。
さすがに寝ている状況ではない気がして、帝人は慌てて身体を起こすべく四肢に力を入れる。しかし身体に……というより関節に走った地味な痛みに顔を顰めてしまい、込めたはずの力は霧散した。
「ああ、駄目だよ帝人君。ちゃんと寝てないと」
「……いざ、や、さん?」
ここ最近で急激に耳に馴染んでしまった声。
でも、この部屋で聞く事はないはずの声。
それが何でこんな至近距離で響くのか。ていうか、目の前にいるのか。
「ど、して……」
そこまで喋って喉の痛みに負けて咳き込む。
けほけほと息を吐きだす度に喉と身体に痛みが走って、帝人は思い切り顔を顰めた。そういえば声も随分と掠れている。これは、結構。
「すごい熱なんだから大人しくしてなよ。ちょっとポカリでも飲んで喉を湿らせようか」
ガサガサとビニール袋の音がする。多分、帝人のベッドの下辺りにある袋からポカリのペットボトルでも取り出しているのだろう。
カシュ、と蓋の開く音を聞くと、それまで感じていなかった喉の乾きが一気に押し寄せてきた。もう1度けほ、と咳き込むと、更に喉が干からびた気がする。
蓋が開いたポカリを手にしてこちらを見つめる臨也の視線に気づき、とりあえず帝人は身体を起こそうとした。そうじゃなきゃポカリが飲めない。
なのに臨也はそんな帝人の胸元に手を置き、起き上がろうとするのを邪魔してくる。
何をするんだと無言で訴えれば、にっこりと笑う臨也と目があった。
あ、嫌な予感がする。
そう思った次の瞬間、臨也はペットボトルをぐいと煽ってポカリを口に含むと、そのまま帝人にキスをした。
「んっ……!」
うっかり漏れた声は掠れていて、なんというか、その、「アノ時」の声みたいだと思ってしまったのが運の尽き。流れ込んでくる生温いポカリをごくりと飲むのと同時に身体がカッと熱くなった。
ただでさえ関節が痛むほどに熱があるというのに、更に熱があがった気がする。
そう思う帝人を無視して、臨也は何度もポカリを口移しで流し込んできた。
ポカリ自体はありがたい。喉が潤う。
でも生温いし、何より恥ずかしい。
やめてくれと臨也の腕を叩いてもやめてくれる気配さえない。
5回位までは数えていたけれど、それから先は与えられる生温いポカリとキスの熱にやられてしまい、数えるのをやめた。
臨也が「これだけ飲めば満足したかな」と濡れた唇を親指の腹で拭い、チャポンとペットボトルを振って見せる。
帝人はそれを見て顔を真っ赤にした。
だって、中身が半分近くなくなっている。それはつまり、なくなった分だけ口移しという名のキスをされたということ。顔が赤くならない訳がない。
「なに、するんですか」
「何って、口移しだけど? 喋るの楽になったでしょ。さっきより掠れてないし」
「起こしてくれれば自分で飲みました」
「すごい熱なんだから寝てなきゃ駄目ですよー」
ちっちっち、と人差し指をワイパーのように降る姿はとても様になっている。
でもその様になっている姿から飛び出しているとは到底思えないオカマ口調は、恐らく彼のネットでの人格「甘楽」を装ったものだろう。
そういえば、昨日もチャットで会った。
というよりチャットをしている最中に「なんか熱っぽい」と思い始め、次第に「なんかだるい」に変わり、最終的には「なんかヤバイ」になった。
ヤバイと思い始めたのは、多分チャットの終盤だと思う。ぽつぽつと参加者が減り始めて、残っていたのは確か【太郎】と《甘楽》だけだった、んじゃないだろうか。記憶があやふやで何を言ったか覚えてない。大体、チャットを落ちた記憶もPCの電源を落とした記憶もない。
うっすらと覚えているのは「あーだるい」と思ってPCの前に突っ伏したことだけ。
………あ、もしかして。
「チャットしてたのに段々反応鈍くなるし、内緒モードで話しかけても訳わかんない事言うし、大丈夫って聞いたら【風邪かも】って言ったきり、返事しなくなったんだよ。……って言っても覚えてないみたいだねぇ」
「すみません………。……でもなんで臨也さん、ここにいるんですか」
「返事しなくなった帝人君が心配だったからね。案の定PCの前で力尽きるみたいに倒れてたから、途中で買ってきた冷えピタ貼ってベッドに寝かせてあげて今に至るって訳」
「どうやって部屋に入ったんですか」
「合鍵でだけど?」
「何で持ってるんですか」
「俺を誰だと思ってるの?」
ストーカーじゃないんですか。
とはさすがに言えなかった。一応助けてもらったんだから今は自重しよう。顔に思いっきり出てるかもしれないけれど、言葉としてはっきり言うのはやめておこう。とりあえず、今はやめておこう。喉痛いし。
黙り込んだ帝人の心の内などお見通しなくせに、臨也はニコニコといつものように笑うだけでこれといったツッコミをいれなかった。ちょっと珍しい。
そう思っているのも伝わったのだろう。臨也は目を細めて「だって喋れない帝人君に話しかけてもつまらないし」と囁くように言った。
何だかんだ言いつつ、優しい人だ、と思う。
今もほら。
ベッドサイドに座って、帝人の髪の毛を梳くように頭を撫でる手は優しい。
「早く元気になってね」
子守唄のような静かで優しい声。
いつもの鋭利な刃物を潜めた言葉とは正反対の、綿100%の軟らかい声。
聞いてたら段々眠くなってきた。
「いざやさん」
「んー?」
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして。冷えピタはまだあるしポカリも冷蔵庫にあるし」
「あは……なんか、いざやさんらしく、ないですよ……そんな、めんどうみいい、なんて」
笑いたいけど、眠くてうまく笑えない。
とろとろとまどろんでいく意識に身を任せたいけど、でももうちょっと。もうちょっとだけ。
彼と話をしていたい。
珍しく、自分をこれでもかという位に甘やかす気になっているらしい彼と、もうちょっとだけ。
「いざやさん」
「なに? 帝人君」
「まだ、いてくれますか?」
「……いてほしい?」
「はい」
ああ、なんだ。珍しいのは彼だけじゃなくて自分もだ。
こんなに、素直に頷いたりできるなんて。自分らしくない。でもこんな自分も嫌じゃない。そう思うのは、熱に頭がやられてるからだろうか。
そんな帝人に臨也は心底嬉しそうな笑みを浮かべて「もちろんいるよ」と言う。
「俺がいなくなるのを心配しなくていいから、安心して眠りなよ。起きたらリンゴ、剥いてあげるから」
「うさぎにしてくれますか?」
「うん、してあげる」
「たのし、み……だな…」
おやすみ、という声を聞くのが先か。それとも意識を手放すのが先か、それはわからない。
ただ1つはっきりとわかっていたのは「幸せだなぁ」と思ったこと、それだけだった。
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