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イザミカSSブログ。

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やぁ聞いてくれるかい。
俺はとうとう生涯の伴侶を見つけたよ。そんなものいらないと思ってたんだけどね!
ありがとう、君も祝福してくれるんだね。

可愛いんだよ、俺のお嫁さんは。まだ生まれて六ヶ月くらいなんだけどね、見ているだけでゾクゾクするね、あまりの愛しさに。まだまだ純朴な目がきょとりと俺を見つめてきたとき、どうしようもなく欲しいと思ったよ。彼は俺と同じ黒猫で、だけど少しだけ俺より柔らかい黒色をしている。子猫だから毛がほやほやなんだ。育ったらどんな猫になるか楽しみだよね。つやつやの毛のしなやかな猫になるのかな。それともほわほわ可愛らしいままなのかな。どちらにしても愛しいことに、変わりはないんだけど。

それはさておき。
俺の可愛い可愛いお嫁さんにはさ、こわーいお母さんがいるんだよ。いや、正確には母親気取りの乱暴者なんだけどさ。
とにかく帝人くん――あ、俺のお嫁さんの名前ね、帝人くんの傍にはいつもシズちゃんっていうガルガル五月蝿い犬がいるんだ。正真正銘の雄犬のくせに、母親気取りだよ。笑っちゃうよね。ん? ああ、本当は静雄って名前だよ。吠えてばっかのやかましい犬さ。完全名前負けだよね。サイモンも……ああ、シズちゃんの飼い主だよ。何を考えてあんな名前をつけたんだか。
とにかく、あの犬が邪魔で仕方が無いんだよ。ていうかそもそも、捨てられている帝人くんを見つけたのは俺なのに、シズちゃんに奪われちゃったんだよね。信用ならない? 何なの、子猫の教育に悪いからって。犬が育てた方がよっぽど教育に悪いよ。いまだに俺と帝人くんの逢瀬を邪魔をしてくるなんて、しつこいにも程があるよね。サイモンだって猫同士コミュニケーションをとるべきだって俺と帝人くんを会わせようとするのに、あの犬だけは空気読まずに襲ってくるからね。さしずめ俺たちはロミオとジュリエットかな。
まったく、本当に嫌になるよね。理屈の通じない馬鹿ってのはさ。
え? 猫に理屈も何もあるのかって? 嫌だな、猫にだって猫の理屈があるもんだよ。
……覚えておくんだね。


***



ガシャーーン!

派手な破壊音と共に、ガラスが砕け散った。その鋭い破片をひらりひらりと避けて、臨也は華麗に庭に降り立った。ガラスの破片が臨也の尻尾の毛先を少しだけそいだけど、怪我は無い。問題は無い。にしゃん、と小さく笑みを浮かべて、臨也は悠々と室内に潜り込んだ。今日は天気が良いため、犬の静雄は庭で強制的に日向ぼっこをさせられるのだ。ついでに、シャンプーでもされるのかもしれない。チャンスである。
庭に用意された犬小屋の傍の木に綱を括りつけられた静雄は、それ以上身動きが取れず、臨也をみてゴルゴルと唸っているだけだ。さっきはその強靭な顎に銜えられた犬用食器をぶん投げられたが、上手く避けられて、窓ガラスが破壊されただけだった。しかしこのままでは静雄の馬鹿力で木が折れるのも時間の問題だろう。猫の臨也より何倍も体重のある静雄に飛びかかられてはさすがにたまらない。とっとと逃げるに限る。

静雄から見えないところに、と室内を奥に奥にとてとて歩いていたら、家の主であるサイモンに見つかった。だが、特に追い出されることは無い。臨也を見つけたサイモンは、濡れ雑巾を持ってきて臨也の足を丁寧にぬぐった。部屋の中を汚さないようにして欲しいからだろう。肉球を冷たい雑巾で拭かれるのは好きではないが、足を拭きさえすれば家の中を自由に歩き回っても良いことになっているので我慢することにしている。

「イザヤ、ミカドアッチニイルネ」

大人しく足を拭かれていたご褒美のつもりなのか、ニコリと笑ったサイモンが、部屋の奥を指差した。帝人専用の小さなベッドのある部屋だ。サイモンの声が聞こえたのか、一層激しく静雄が吠えた。少しだけ警戒をする。だが、何てことは無い。ここまでくれば帝人はすぐそこだし、サイモンが吠える静雄をすぐにたしなめにいくだろう。すでに窓ガラスが割れているから、少し叱られるかもしれない。もちろん、叱られてもしょんぼりと反省するような可愛げのある犬ではないのだが。

暖かい日差しが贅沢に降り注ぐ居心地の良い部屋で、帝人は毛布に埋もれてくうくうと寝息をたてていた。なんとも平和な光景だ。ひげをひくひくと震わせて臨也はうん、と伸びをする。静雄から離れて少しリラックスした。飄々としているように見えて、やはり天敵の傍ではそれなりに警戒と緊張をしているのだ。
臨也が部屋に入っても生後六ヶ月の小さなお嫁さんは気づかない。気づかず、暖かい布団にくるまれて幸せそうに眠っている。ふわふわの毛布を見て、サイモンは随分この子を大事にしているな、と臨也は思った。いつかは自分がこの家から連れ出してやろうと思っているが、それまではここで大事に大事に保護されているのもいいだろう。

毛布からはみ出た黒い耳が、ぴくんと動いた。何か夢でも見ているのか、にい、と小さく鳴く声がした。ぴくぴくと動く耳。
その帝人の左耳は、先が少しだけいびつに欠けている。更に近付いても帝人は起きない。
ぐるぐると喉を鳴らし、臨也は帝人の小さな額に頭を擦り付けた。
そしていびつな片耳をざりりと舐める。内側も、外側も。
その形を舌に覚えさせるように舐める。

親猫の中には、危険を感じたり子猫を獲られると恐怖を感じると、本能的に子猫を食べてしまう猫もいる。再び自分の中に取り入れようとするのか、他のものに獲られるくらいなら、ということなのか。臨也もそういう猫を何度も出会い、話を聞いた。しかし、あれだけは本当に理解が出来ないと思う。
食べた本人――本猫も、「夢中だったから何も覚えてない」というばかり。
少し考えればあまりに不自然だ。腹を自分の子で満たす? まったく合理的で無い。

しかし、生まれたばかりで捨てられていた帝人を見て、臨也はその衝動を理解した。
あまりの愛しさにぺろりと食べてしまいたい、その気持ちを理解した。
あくまで理解をしただけで、実行に移すほど我を忘れることは無かったが。

……だけど、ほんの少し。
ほんの少しだけ――その形の良い左耳を咬み切った。

この愛しい生き物が、決して他のものに盗られないように、臨也のものだというしるしだ。…ちょっとばかりの傷なら生まれたてで、ぴかぴかのこの子はすぐに治してしまうだろう。痕はきっと残らない。
だから耳を噛み千切ってやった。
柔らかい耳は簡単に咬み切れた。生まれたばかりでしかも弱っていた帝人は抵抗も出来ず、か弱くぴいぴい鳴くだけだった。
まだ牙も無い、弱くて愛しい生き物。

あの時、その場面を脱走中の静雄に見られたのは間違いだった。臨也が子猫を食べてしまうのではないかと勘違いした静雄に飛びかかられ、子猫を奪われてしまったのだ。静雄は子猫を連れ帰り、子猫はサイモンに「帝人」と名づけられ、飼い猫になってしまった。そのときは腹が立ったが、母乳を出せるわけもない臨也に育てられるよりは、帝人の成長のために良かったのだろうと今では思っている。何せ、サイモンも静雄も帝人を大事に大事に育ててくれたもので。

しかし面倒なのは、静雄が今でも、臨也が帝人を食べてしまうのではないかと勘違いしていることだ。それでなくとも、静雄と臨也は犬と猫という種族の違い以上に、いがみ合っている。静雄は臨也を帝人に近づけてなるものかと殺気立っている。帝人に会うのに毎回のように命がけなのか勘弁して貰いたいところだ。
食べる気なんかまったく、これっぽっちも無いというのに。もちろん、下世話な意味を含めれば、美味しく食べてしまいたいと思ってはいるが。さすがに生後六ヶ月の子猫にそんな無体な真似をする気は無い。

いびつな耳を舐め続けていた舌を、今度は目じりにたどらせる。
いい加減起きないだろうか。せっかく会えたのに。つまらない。ねぇ、いい加減目を覚まして。
ぺろん。鼻を舐めたところで、帝人の目がおずおずと開かれた。まだまだ寝ぼけ眼の、ぼやけた視線。とろんととろけた瞳に臨也の機嫌は上昇した。
なぉん。甘い声を出してその鼻を舐めてやる。帝人は、まどろんだままそれを甘受している。産まれて間もなかった帝人は、己の耳がどうして欠けているのか知らない。知らず、自分に優しくしてくれる臨也に簡単に懐いた。サイモンと静雄の甘ったるい愛に浸かって育っている仔猫だ。まさか目の前にいる親切な年上の猫が咬み切っただなんて、思いもしないだろう。それがまた、臨也の心を満足させる。

いつか、教えてやるのもいいと思っている。

君の綺麗な耳を、産まれたばかりの君の柔らかな耳を咬み切って食べちゃったのは、この俺なんだよ。
言ったらどうするだろう。絶望する? 泣く? 怒る? それとも?
君は一体どんな反応をしてくれるのかな。想像しただけでゾクゾクする。
まぁ、たとえどんな反応を返そうとも、この仔猫が臨也の未来の伴侶であるという運命からは逃れられない。だってこの子を離す気は、ひげの先ほども無いのだから!

みゃあ。臨也の声に応えて、帝人が臨也の首筋に額を押し付けてきた。信用しきったその態度に、甘い気持ちと同時にうす暗い欲望も湧き上がる。やはり、さっさとこの家から連れ出してしまいたい。そうでないと、また、耳を咬み切ってしまいそうだ。

ふと、そんなことを思った瞬間、再びガラスの砕ける音と、扉がガゴンと外れる音がした。やっぱり木に縛り付けたくらいでは駄目だったらしい。サイモンの制止を振り切って部屋に飛び込んできた静雄に、臨也はゆらゆらと尻尾を振った。綱が、切れている。思い切り引っ張ったのだろう。
しかしなんというタイミングの良さ。まるで臨也の心の中を読んだかのようなご登場だ。本当にこの犬と自分との相性は悪い、と心の中で苛立ちつつ、臨也は口を三角にして威嚇をした。
ごるるると唸る静雄に、尻尾を膨らませ威嚇する臨也。その後ろで、まだ喧嘩の仕方を知らない仔猫はぽやぽやとしていた。

「シズオーケンカヨクナイネー」

慌てて静雄を追ってきたサイモンが静雄の綱を掴み、引っ張る。今日ハ、オ風呂ノ日デショー、とサイモンは静雄をめっと叱り付けた。さすがの静雄もこの馬鹿力の飼い主には敵わず、再び庭まで引きずられていく。
サイモンは、二人仲良く食べるようにと親切にもかつおぶしをおいていった。後で口の中でふやかして、帝人に食べさせてやるとしよう。それを期待してか、帝人の目もきらきらと嬉しそうに輝いた。いっぱい食べて、早く大きくなると良いと思う。臨也のために。臨也のためだけに。

引きずられていく静雄が、歯をむき出しにして呻る。帝人はそれをただ不思議そうに見ているばかり。

残念なことだが、いくら静雄が呻ろうとも、帝人は臨也のものだ。
それは帝人の欠けた耳が証明している。臨也の痕。臨也の所有印。
見せつけるように、帝人の欠けた耳を舐めてやる。
静雄の牙が、ぎりぎりと震える。

そんなに怒らなくたって、食べやしないさ。
可愛い俺のお嫁さんだもの。

ねぇ。

にゃうん。
臨也の甘い鳴き声に、静雄がまた、苦々しい唸り声をあげた。





婚約指輪代わり。
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