イザミカSSブログ。
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人は呆気ないものだ。
どんなに命を守ろうとしても、不慮の事故であっという間に潰える。
あいつだけは死なないだろう。あいつだけは何があっても生きるだろう。
そう思われた人でさえ、あっさりと死んでしまう。
昨日あった時は元気だった。数時間前まで言葉を交わしていた。
それでも人は死んでしまう。
彼も、そうだ。
1つの墓の前で、黒い服を着た男女が花を手向けている。
男はよくある黒い礼服。女は黒いライダースーツに黒いヘルメットをかぶったまま。
それでも厳かな雰囲気を漂わせ、線香の煙をたなびかせながら墓前に手を合わせた。
「それにしても、君が死ぬなんて青天の霹靂だよ。憎まれっ子世にはばかる……いや、美人薄命だったってことかな。どちらにせよもっと長生きすると思ってた。いやあ、君は本当に予想を裏切ってくれる男だよ」
ぺらぺらと喋る口調は明るい。
けれど隣に立つ女はわかっていた。
彼にしては珍しくしんみりとした雰囲気を纏っている事に。
「死んだらどうなるか、身をもって体験してる頃だね。……楽しんでるといいけど」
男の言葉に、女は無言を貫く。
喋る口を持たないからではない。彼と、墓の中にいる人間との別れを邪魔しないためだ。
「おやすみ」
男と女が去って数時間後、また男女が訪れた。
どちらも近所の買い物に来たかのようなラフな服装。
手には花も線香もない。本当に散歩のついでのような雰囲気だ。
しかし目的の墓前にくると、少女は神妙な顔つきで手を合わせ、少年は憮然とした顔で墓に刻まれた文字を睨みつけている。
「わざわざ自分で自分の墓を用意してるなんて、アンタらしいよ」
「ふふっ…そうだね」
「まあちょうど良かったってことか。葬式さえやってもらえなかったんだからな」
「そうなの?」
「そう聞いたよ、俺は」
「そっか……」
ぶっきらぼうな少年の言葉遣いには、死者を敬う気配はない。
少女の方は残念そうな声音を含んでいる。何ともちぐはぐな男女だ。
けれど合わせていた手を少女がおろすと、少女はすぐに少年と手を繋いだ。
繋がりを、墓の中の人間に見せるかのように。
「ありがとうございました。あなたの、おかげです」
色んな気持ちを込めた言葉を、少女は笑って言う。
それを少年はむすりとした顔で聞く。
そして一言、墓の主に向けて発した。
「ざまぁみろ」
それからまた数時間後。
今度は制服を着た男女が訪れた。
手には花も線香もある。しかし既に墓に真新しい花や線香がある事に気づき、少し驚いた顔をしながらも、持ってきた花をそこに追加し、使用済みの線香を新しいものと取り換える。
空へと昇る線香の煙を見ながら、2人は手を合わせる。
「何か、信じられない、よね」
「そうですね」
「今でもやっぱり信じられないっていうか……何かドッキリじゃないかなって思う」
「はい」
「でも……」
「……はい」
本当に死んだんだという言葉は、お互いに使わなかった。
信じられないと言う気持ちの表れか。それとも何となくだったのか。
墓に刻まれた文字を見て、それでも実感がわかない。
墓の主はそう思わせるだけの人物だったのだ。
「何だか本当に変な気分だな」
少年の呟きに、少女は無言で頷いた。
揺れる線香の煙を目で追い、空を見上げ、そしてまた墓前へと視線を戻す。
「「さようなら」」
それから更に数時間。
今度はバーテン服の男がやってきた。
手には線香も花もない。
墓前につくなり、苦々しそうに顔を歪めるが、サングラスのせいではっきりとした表情は読み取れない。
線香の代わりと言わんばかりにポケットから煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。
紫煙が細くたちのぼった。
「……最後の最後までクソだったよ、テメエはよぉ。絶対俺が殺してやるって思ってたのに、勝手に死んでんじゃねぇぞコラ」
煙を吐き出しながら口汚く墓の主を罵る。
苛立たしげな空気を漂わせながら、忙しなく煙草を吸う。
あっという間にそれは短くなり、男はそれを地面に落として踏みつける。何度も、何度も、執拗に。
「テメエはノミ蟲以下だったってこった」
墓前の主への怒りをそれにぶつけているかのように。
地面と煙草のフィルターが同化せんばかりになってやっと男は足をあげた。
墓に刻まれた名前をじっと見て一言、吐き捨てるように呟く。
「くそったれ」
男が去り、日が傾きかけた頃、1人の少年がやってきた。
制服を着ていた姿から一転、今度はラフな格好である。
そして墓の前にある地面と同化寸前の吸い殻を見て小さく笑った。
墓の前にある花と、線香を見る。そしてまた少年は笑った。
「葬式には誰も来なくても、墓参りに来る人はちゃんといるんですよね。多分、あなたは来なくてもいいって思ってる人も来てたみたいですけど」
夕暮れに照らされる少年の顔は穏やかだ。
静謐な雰囲気をたたえているその笑顔は、寂しそうにも見える。
少年はそっと手を伸ばし、墓石に触れた。
ひんやりと冷たいそれを、少年は幾度も撫でる。何かを確かめるように。
墓に刻まれたその文字を、何度も何度も。
「あなたに触れることって、こんなにも簡単だったんですね。知らなかったな」
可笑しそうに、寂しそうに。
少年は呟いてからそっと手を離した。
手を合わせることはせず、ただじっと、オレンジ色の光を跳ね返している墓石を見つめる。
刻まれた文字を、じっと見つめる。
「あなたは、何度も聞きましたよね。俺のことが好き? って。その度に僕ははぐらかしました。答えを言えば、あなたはきっと僕から遠ざかるって、そう思ったんです。……でも、もうはぐらかす必要、ないですよね」
少年は笑う。
とても奇麗な笑顔で。
「あなたのこと、好きでした」
おやすみなさい、臨也さん。