イザミカSSブログ。
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人間、何事も完璧ではないのだなぁと思う。
面倒見が良くて常識もあって強くてスタイルもいいけど首がない上に人間じゃない、とか。
医者としての腕はいいし愛想もいいけどどこかズレてる上に闇医者、とか。
物静かで優しくてさりげなく面倒見の良さをみせたりもするけど人外の身体をしている上にキレやすい、とか。
顔はいいし頭もいいし日常会話をする分には普通に会話も弾むけど性格と趣味が限りなく歪んでいる、とか。
特に最後の人間なんて、歪んでいるの一言では到底片づけられない歪みっぷりである。しかも歪んでいるのを本人も理解しているから余計に性質が悪いというか、歪みに拍車がかかっているというか、なんというか。そこらも含めて俺は俺、と言い切る強さと奔放さはちょっとばかり憧れない訳ではないが、彼のような人間になりたいかと言われると全力で首を振る。
それ位に歪んでいて、歪み過ぎていて、常識が裸足で逃げて行くような人。が。
「……臨也さん」
「ん?」
「下からこぼれてきてますよ」
「え、嘘。うわ、ほんとだ、ちょっ……」
普段の落ち着きをどこに落としたんだろうという位の慌てぶり。でも慌てた分だけ被害は広がった。
わかりやすく、長ったらしい説明をするならば「かぶりついたシュークリームの脇からクリームが溢れでて今にも落ちそうだったけど、慌てて手を動かしたせいでぼたぼたとテーブルに落ち、一部は彼の手を汚し、挙句シュークリームの皮の上部の粉砂糖が彼の鼻頭についた」ということになる。
簡潔明快に言えば「シュークリームを食べるのが下手くそすぎて顔もテーブルも汚した」という感じだろうか。
更に短く言うなら「みっともない状態」というわけだ。
バツが悪そうに臨也は手についたクリームを舐めとり、鼻頭の粉砂糖を拭う。テーブルの上に零れた分はティッシュで拭きとる。台拭きを使えばいいのにティッシュとは。このブルジョワめ。そんな若干恨めしさが顔に出てしまっているのか、不審げな顔で臨也がこちらを見ていた。それを誤魔化すように、帝人は自分の手にあるシュークリームにかぶりつく。
とろりとしたカスタードクリームと生クリームが程良く混ざっていて、とても美味しい。皮も表面はさくさくしているけれど、クリームと接している部分はしんなりとしていて食感的にも二度美味しい。
臨也が「ここのシュークリームは美味しいよ」と言うだけあるなあ、と思う。情報屋なんていうある種非合法なことをやってるだけあって、こういう情報を仕入れるのは早い。おかげで帝人はよくそのお相伴に預かっている。自分では到底手を出す気にならない高い洋菓子店のものが多いから余計ありがたみを感じるのだ。
でも、彼がこういう店をよく知っているのは、情報屋として仕入れている情報というのではなくて、いわゆる「信者の子達」との会話で仕入れた情報だったりするんだろうか。もしそうだとしたら、ちょっと……本当にちょっとだけ、ムッとする。理由は言わないし、言いたくない。そんな感情、抱いてると彼にバレたら喜ばせるだけだから。
ちらりと湧きあがった苦い感情を、甘いシュークリームで包むようにしてごくんと飲みこむ。
「美味しいですね」
「そうだね」
帝人の言葉に臨也が短く肯定の返事を返す。
珍しい。いつもなら、ちょっと黙って下さいと言いたくなる位にあれこれと喋るのに。どこがどう美味しいと持論を展開することもあれば、帝人にどこがどう美味しいのか具体的に説明してよと要求したりだとか、とにかく一言だけで言葉が終わった試しがない。
でも今の彼に一言以上の台詞を望むのは無理だ。見ていればわかる。
彼は、目の前のシュークリームをいかにして零さず食べるか、という点に集中しているのだから。
恐る恐るかぶりついているので、さっきのように盛大にはみ出るということはない。しかし、そうやってちまちまと食べている割に、脇の方からまたクリームが顔を覗かせ始めている。多分あと2,3口かぶりついたらまた零れるだろうな、と思う。
教えてあげようか、と思うより早く今度は臨也も気付いたようで、慌てて脇の方から出てきたクリームをぺろりと舐め取る。が、さっきまでかぶりついていた所からクリームがにょろりと出てきて、結局臨也の手を汚してしまった。
しまった、と思っているのが手に取るように分かる。渋面を作って恨めしそうにシュークリームを睨む姿は、普段の人を小馬鹿にした態度や表情と対極に位置するんじゃなかろうか。
こんな所を彼の同級生達が見たらどう思うんだろう、と思うとちょっとだけ楽しくなってきた。それとも既に同級生達は、彼のこんな姿を見ているんだろうか、と思ったのはほんの数秒だけで、すぐに「それはないな」と思った。
折原臨也という人は、決して弱みをみせない。仮に見せるようなことがあったとしたら、それは故意だ。ちらりと見せた弱みをエサに、誰かがひっかかるのを待っている。そんな人間だ。……と、帝人は思っている。
だから帝人は臨也の弱った所を見たことがないし、たまに見せたと思ったら逆にこちらの弱みをさらけ出す羽目になっていることが常だ。
そういう人間が、同級生に……しかも殺したいほど嫌っている人間がその中にいるというのに、弱みを見せる訳がない。こんな、間の抜けた姿を見せたりするはずがない。
だとしたら、この姿を見たのは自分が初めてなんだろうか。
多分、彼の家族は見たことがあるだろうけど、他人としては自分が初めてだったり、して?
「……随分嬉しそうだね、帝人君。そんなに君はシュークリームが好きな子だったかな」
「え、あ、ええと……」
皮肉たっぷりに臨也が言う。
多分無様な所を見せている自覚が彼にもあるんだろう。口端をひくつかせて笑っているその表情は、ちょっと機嫌が悪そうだ。というより、悪いんだと思う。帝人が嬉しそうな理由を彼は「シュークリーム1つ満足に食べれないカッコ悪い大人だと思っている」からだと想像しているんだろうが、実際は違う。
でもこれまた素直に白状して彼を喜ばせるのは不本意だったので、帝人は曖昧に笑って誤魔化した。
「臨也さん、ミルフィーユとか食べるの上手いのに、どうしてシュークリームは上手く食べれないんですか? こっちのが楽だと思うんですけど」
「そんなの俺が聞きたいね。大体、シュークリームなんて久しぶりに食べたからこんなに苦手だったのなんて、すっかり忘れてたよ」
「じゃあ何で買ってきたんですか?」
それはすごくすごく普通の質問だったと思う。
当たり前のことを、当たり前のように聞いただけだった。少なくとも帝人はそのつもりだった。
でも、臨也は一瞬喉に何かを詰まらせたような表情を浮かべ、視線を僅かばかり帝人から逸らす。
珍しい。彼が視線を逸らすなんて。
常々「目を見てればある程度心の動きがわかる」と言う人だから、こっちが嫌になる位に目を見てくるというのに。
「臨也さん?」
不思議で不思議でたまらなくて、首をことりと傾げながら尋ねる。
すると臨也はほんの少しひるんだように口を引き結び、あからさまに視線を逸らした。本当に珍しい。そう思ってじっと臨也を見つめていると、臨也は片手で口元を覆ってそっぽを向いてしまった。
気のせいじゃなければその、耳が。
「……な、何で照れてるんですか……!」
「うるさい黙れ」
「ちょ、えっ……」
まさか、あの折原臨也の照れている顔を拝めるなんて!
臨也の耳が赤いだけじゃなく、顔を覆っていても隠せていない部分から、頬の赤みが見えてくる。それを見ている帝人の方まで恥ずかしくなってきた。
じわじわと顔が赤くなる。多分、つられて恥ずかしくなったというのもあるけれど、彼の見たことのない一面を見て興奮しているというのもあるんだと思う。
「い、臨也、さん?」
「……うるさいな。そんなにおかしいかい。君がシュークリーム好きそうだなって思ったから買ってきたりするのは。君が甘いものを幸せそうに食べる顔が好きだって俺が言ったら、そんなにおかしい?」
「お、おかしくない、です」
「そう。なら黙って食べなよ」
「は、ぃ」
彼らしくなく妙に早口で言われた言葉に、今度こそ帝人は赤面した。
いつだってこっちが嫌になる位の愛情を言葉にするけれど、それはどれもこれも嘘くさくて好きじゃなかった。でも、今の言葉は。今の、ひどく乱暴でぶっきらぼうに放たれた言葉は、ドキドキして心臓が止まりそうになる位に嬉しくてたまらない。
取り繕っていない、彼の本心からの言葉だとわかるから本当に嬉しいのだ。
帝人は真っ赤になった顔を誤魔化すように、手に持っていたシュークリームにかぶりつく。
ぼとり、と手に零れたクリームを、舐める余裕が帝人にはなかった。