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イザミカSSブログ。

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Hedgehog's Dilemma

※ハリイザヤとかハムミカドとか出てきます。獣化注意。






平和島静雄はその凶暴性に似合わず、小動物が好きだった。
実は大人しくて優しい心根を見抜くのか、動物には好かれた。人間は静雄に怯えるが、動物は怯えない。公園のベンチでだべっていると、いつの間にか膝の上に猫がのっていることもある。動物は静雄を怖がらない、怯えない、どころか自ら寄ってくる。それが素直に嬉しかった。
そんな訳で静雄は動物が好きだ。

そしてかつて、ペットショップの店員だったことがある。
子犬が可愛くないからと返却しにきた客にキれてクビになってしまったが、ペットショップ店員だった時に静雄もその売り上げに貢献した。
ハリネズミを購入したのだ。
そのハリネズミ――ピグミーヘッジホッグという種類の小さな臆病なハリネズミだ。ハリネズミのことを良く知らない素人の静雄の目から見ても、静雄が購入したハリネズミは十分に愛らしい顔立ちをしていた。ぽてんとした身体に小さな足がついていて、その足もなんだかしなやかに見えた。尻尾の角度も良い。5~6匹まとめて入荷したハリネズミの中では、ハリネズミながらに一番整った顔をしていたように思う。
だというのに、そのハリネズミはいつまでも売れ残ってしまっていた。兄弟が次々と貰われていく中、彼だけがペットショップのケージに取り残された。

なぜか。
答えは簡単、性格が悪かったからだ。

手にのせるまで、ハリネズミの愛想はとても良い。可愛い鼻でふんふんと客に近寄っては彼らの心をくすぐった。だがいざ手にのせようと思うと、その針を立てて威嚇した。人慣れしていないハリネズミを触る時には手袋が必須なのだが、あまりの愛想の良さに店員も客も油断する。油断していた客は当然痛い思いをする。その様子を、あろうことかこのハリネズミ、ふふんと鼻でも鳴らしそうな顔をして見ているのだ。
なんという根性の悪さ。ハリネズミにそんな配慮など無いだろうが、子供相手でも何でも容赦をしない。その上、客をからかうような行為はますます増長していった。
そんな性悪なハリネズミが売れるはずもなく、彼はとうとう生後半年になっても買い取り手がいなかった。販売値段もどんどん下がり、三千円を切ったところで流石に哀れになった静雄が彼の飼い主になったと、そういう次第だ。そのうちにペットショップをクビになったが、静雄の部屋にはハリネズミが増えていたのである。

しかしこのハリネズミ、静雄にちっとも慣れなかった。慣れないどころかいつでも敵意剥きだしだった。静雄の身体は人より頑丈に出来ているため、ハリネズミを触るための皮手袋など不必要だったが(まあ針が刺さってもちくちくとする程度だ)、糞やら尿やらをわざわざ手の上でしてくるのは頂けない。そのたびにハリネズミと喧嘩をするというのは、なんとも大人げない話だが、もはやこれは反りが合わないとしか言いようが無い。
だからといって今更ペットショップに返す気には到底ならず、他の人間に譲る気にはならなかった。反りが合わなくとも、責任はあるし、何より静雄はハリネズミのことをそれなりに可愛いとは思っているのだ、これでも。おそらく飼い主馬鹿と呼ばれる類の感情だろう。

静雄はこのハリネズミに「イザヤ」と名づけた。
あまりに苛立ち、腹が立つので、「おい」とか「てめぇ」としか呼ばなかったし、普段は「ノミ蟲」と呼んでいたので、その名づけにあまり意味は無かったのだが。
動物好きの静雄は、クビになってからもたびたびそのペットショップを訪れた。家に帰れば可愛くないハリネズミはいるが、彼は仕事の疲れを癒してはくれない。むしろいらいらするばかりである。

そのため、仕事帰りにペットショップにより、可愛い動物をぼんやり見に行くのが静雄の小さな楽しみになっていた。
そして彼には、最近とても気になる子が出来た。

「……」

ハムスターのケージの中を、静雄は無言で凝視する。ケージの中にいるハムスター達は、その鋭い視線にビクリと身体を震わすが、怖くないとすぐに理解したのか何事も無かったかのように回し車をしたり、ヒマワリの種を食べたり、丸まって睡眠に戻った。

その中で静雄が見つめるのは、ただ一匹のハムスターだ。
他のよりも小さめの身体を丸めながら、ハムスターはモグモグとドライフードを食べている。人気のヒマワリの種はゲットできなかったようだが、彼はあまり不満げには見えなかった。頬袋に詰めておいて少しだけふやけたドライフードを、もむもむと無心に食べている。
そのハムスターが持っていると、小さなドライフードの欠片すら妙に大きく見えた。しかしお腹がいっぱいになったのか、唐突にそのドライフードをぽとりと落とした。落としたと思ったら、そのままその場でこてんと転がって寝始めた。仲間にぷきゅりとお尻を踏まれ、ちょっと不満そうにちぃと鳴いたが、またすぐに寝た。

なんとなく我が道を行くというか、ぽんやりとしたハムスターである。かと思えば、突然活発に動き出す時もある。よじよじとケージを上ったかと思えば、何故か飛び降りて仲間に体当たりしてみたり、その行動はなかなか予測がつかない。そのため、ぽんやりしてはいるが、仲間に苛められている様子も無く、彼なりに楽しそうに仲間と過ごしているようだ。特にシナモン色のハムスターには時々冷たく当たっていることすらあるのに、よく一緒にいるのを見かけた。気の置けない友人なのだろうか、あれは。そのうちにシナモン色のハムスターは売れてしまい、最近この小さなハムスターはちょっぴりさびしそうにしているように静雄には見えた。

連れて帰ってやりたいな、と静雄は思う。
このハムスター、家で待っているいけ好かないハリネズミとは違い、きちんと静雄に懐いてくれそうだ。ケージ越しですら静雄を見つけるとちょいちょいと近づいてくる。エサをねだるわけでもなく、触って欲しそうにしている。耳の後ろやあごをくしくしと指でつついてやれば嬉しそうにしているので、大変可愛らしい。こんなのが家にいてくれたら、仕事の疲れも吹っ飛ぶよなぁ、と静雄は思うのだ。
ハムスターはそんなに高くないし、飼育にも金はかからない。衝動買いしても良さそうなものだが――果たしてこの小さくて弱そうな生き物を、静雄が掴んで大丈夫なものだろうか。
こうしてケージ越しにつつく位なら良い。だが、飼うとなるとそうはいかない。掴まえて持ち上げる必要があるだろう。どんなに手加減しても、こんな小さな生き物、簡単に潰れてしまいそうで怖い。それで怪我でもして静雄を怖がるようになってしまったら。もっと怖くて、悲しい。
そういうわけで、静雄はこのハムスターをつれて帰れずにいた。それを思えば、ハリネズミは存外デリケートな生き物なのだが、静雄の家にいるハリネズミはなかなかタフで、静雄を怖がることもしないので、案外静雄にはぴったりのペットなのかも知れない。

だから今日も静雄はハムスターを見ているだけだ。
ハムスターはのん気に寝ている。人よりずっとはやい鼓動に合わせるかのように呼吸も早かった。
可愛い。とにかく可愛いと静雄は思う。小動物って癒される。ぎすぎす苛々とした心がほわんと丸くまるようで、静雄はほう、と息をついた。連れて帰りたい、でも怖い。ここでこうして見ていられるのならそれでもいいのかもしれない。
くかくかと寝こけているハムスターを凝視し、静雄がそんなことを考えていると、不意に横に人影が出来た。ケージの前でしゃがみこんでいた静雄は、ひょいと横を見上げる。静雄がかつて通っていた来神高校――今では来良と名前を変えた高校の制服姿の少女が立っていた。
あ、同類が来たと静雄は思った。
彼女の名前こそ知らないが、こうして顔を合わせるのはもう何度目になるだろうか。彼女の目的もまた、このハムスターである。静雄と同じようにケージの前でしゃがみこんだ少女は眠る小さなハムスターをじっと見つめている。どうやらこの少女とは好みが似ているようで、彼女もまた、この小さいハムスターに夢中なようなのだ。

いつもならこうして二人とも無言でハムスターを見つめ続けるのだが、今日は違った。ハムスターを見つめていた少女は立ち上がり、店員に告げたのだ。「この子下さい」と。愛想よくやってきた店員は少女が指差すハムスターをさっとさらい、空気穴の空いた紙箱に入れると、すぐに少女に手渡してやった。ついでに少女は、ハムスターのためのケージや回し車、ドライフードも購入していった。

そうか、こいつもついに飼われるのか。
ここで会えなくなってしまうのか――そう思うと、静雄の心はひんやりとさびしくなった。ここで会えるのが、今日で最後になるとは。そう思い、さて仕事に戻るかと踵を返した静雄に、小さな声がかかった。

「……あの」
「あ?」

振り向けば、ハムスターを抱えた少女が立っていた。

「あの、すいません。私がこの子を買ってしまって」
「……別に謝ることじゃねーだろ」
「だけど、この子に会いに来てたんじゃないんですか」
「……」

否定はしない。ここ最近の静雄が、このハムスターのためにペットショップに通っていたのは本当だからだ。

「この子も、貴方に会いたいと思うんです」

空気穴からのぞいた鼻が、ひくひくと震える。思わず静雄が指を差し出せば、匂いで静雄と気付いたのかその指をぺろりと舐めた。

「だから、その。ときどき、この子に会ってあげてくれませんか?」
「え?」
「すいませんすいません! あの、良かったらでいいんです」
「いや、それは。……いいのか?」

正直、嬉しい提案であった。ここ最近の最大の癒しであるハムスターに会えなくなるのはつらい。会わせて貰えるのなら嬉しい。

「はい、お願いします」
「そうか、ありがとうな」

そうして静雄はこの園原杏里という少女と仲良くなった。遊馬崎あたりならば「これはフラグっすね!」と大興奮しただろうが、悲しいかな杏里にはまったくその気は無かったし、静雄の頭はハムスターのことで頭がいっぱいだった。


****


ハムスターは「ミカド」と杏里に名付けられた。
杏里に大事に大事にされ、のんびり暮らしているようだった。ハムスターらしく、硬いものが好きで、良く煎餅を貰っているらしい。もちろん、ペット用の塩分の少ない煎餅だ。ハリネズミはそんなに顎が強くないため、虫やらふやかしたドライフードやらを食べる。そのため、硬い煎餅をがりごり一生懸命食べるハムスターの姿というのはなかなか新鮮で、可愛かった。結構モリモリ食べるのだが、ミカドはそんなに大きくならなかった。小さいハムスターの中でも、小さい方だろう。夜行性のくせに、昼もよく動いているためかもしれない。夜更かし、もとい昼更かしのせいで成長もあまりしなかったのかもしれない。

今日も昼更かしをしているミカドは、静雄の手の上で一生懸命煎餅をかじっていた。だが流石に眠いのか、うとうとと居眠りを始めている。眠い、けど食べたい。煎餅は頬袋にいれておくとふやけてしまうのが嫌らしく、その場で食べきろうとするのだと杏里が言っていた。なかなか、食い意地がはっている。

「そういえば平和島さんのお家には、ハリネズミがいるんでしたっけ」
「……ああ、まあ」

可愛さの欠片もないヤツが、とは口に出さなかった。イザヤは、見た目だけは一応可愛らしいハリネズミなのだ。一応。性格に難はあるが、見ているだけなら、すこぶる可愛らしいのだ。

「いいですね、ハリネズミ」
「そうか?」
「はい、可愛いですよね」

池袋の公園のベンチでこうして二人はのんびり会話をする。はたから見れば、とても良いカップルに見えるのだが、お互いにその気は全くないのだから不思議なものだ。だからこその穏やかな空気であるのだが。
ついに丸くなって寝てしまったミカドに、静雄はぽわんと心が暖かくなる。ペットショップにいた時より、こうして触れ合える時間が長いのは嬉しい。家で今頃寝こけているハリネズミではこうはいかない。静雄の手の上でなんか、死んでも寝ないに違いない。

「あー……良ければ、見に来るか」
「いいんですか?」
「ああ。家、すぐそこだし」

いい年の男が女の子を家に誘うという行為だが、静雄のそれはまったく下心を感じさせないものだった。杏里もそれをわかっているのか、すぐに笑顔で承諾する。つくづく恋愛フラグとは縁遠い二人であった。

公園のすぐそばにある部屋にミカドと杏里を招いた静雄は、イザヤを入れてあるケージを部屋の真ん中においた。
いつも杏里が持ってくる移動用のケージに入りたがらなかったミカドは、杏里の手の上で再び煎餅と戦っていた。基本的に、大人しいハムスターなので、移動用のケージもそんなに必要ではない、良い子なのだ。
ケージの中にいたイザヤは、とっくに静雄の帰宅に気付いていたらしい。すっかり眠りから覚めており、機嫌の悪そうな目でこっちを睨みあげていた。
ケージを覗きこんだ杏里が、にこりと笑みを浮かべる。

「可愛いですね」
「……そうか?」

初めて会う人間である杏里にも、敵意むき出しでイザヤはいらいらと針を立てている。初めて会う人間には、愛想良く振舞った後で攻撃することもあるが、今日は特に機嫌が悪いのだろう。初対面の杏里に対して、ひどく神経質に反応している、
ペットショップにいた時から、このハリネズミが人に気を許すところなど静雄は見たことが無い。まあケージから出さなければ、針を立てて杏里を攻撃することも無いだろうし、こうして見ているだけならば大丈夫だろう。

「ちっとも慣れねぇんだ、コイツ」
「そうなんですか」
「ああ、性格悪ィし」

つい、と静雄が指をケージに近付ければ、完全に警戒体勢だ。これで手を出せば、針が刺さる。そのまま丸くなって、しばらくご飯も食べなくなるときすらある。なんともナイーブというか、へそ曲がりというか。扱いにくいハリネズミなのだ。

「手、出すなよ。針立てるから」
「怖がりなんですね……」

丈夫な静雄ならいいが、杏里の手など針を立てられたら怪我をしてしまうだろう。きゅいきゅい鳴いているイザヤは、完全に怒っている。やっぱり危ねぇな、コイツ。ち、と静雄は小さく舌打ちした。

「……悪いな」
「いえ」

愛想のないイザヤに、静雄がそう謝ると、杏里は少しだけ微笑んだ。

その時だった。
突然、杏里の手からミカドが飛び出したのだ。

先ほどまでのんきに顔洗いをしていたはずなのに、新しい環境に冒険心を刺激されたのか、お腹いっぱいで元気なミカドは、静雄の部屋の探検を意気揚々と始めた。二人が呆気にとられているうちに、帝人は意外に素早く動き、イザヤのケージの前まで移動してしまった。
チキ、と鳴いたミカドが首を傾げる。他の生き物の匂いがしたのが気になったのか、そのままイザヤのケージによじ登り、小さな体を網の間から滑り込ませる。

「おい……!」

しまった。呆気にとられている場合ではない。
慌ててケージに手を突っ込み、静雄はミカドを捕まえようとするが、慌てすぎてちょこまか動く帝人を上手く捕まえられない。かといって、杏里に任せるわけにもいかない。怒った臨也に針を立てられて、怪我をしてしまうだろう。
好奇心旺盛なハムスターは、静雄の必死の救出も無視して、ずんずんケージの中に入っていってしまった。警戒心の強いイザヤが、気付かない訳も無く、ケージへの侵入者にチキチキ針をたてて待ち構えていた。ハリネズミは臆病で繊細な生き物だ。他の種と同じ場所にいれられると大きなストレスを感じてしまう。そしてイザヤはハリネズミのくせに何故だか好戦的な性格をしている。
まずい、このままではミカドが怪我をしてしまう。

きゅうう、とイザヤが鳴く。ミカドは首を傾げる。

二匹の対面に、静雄はごくりと喉を鳴らした。杏里もはらはらと見守っている。ミカドが逃げるのが先か、それとも無謀にもミカドがイザヤに近づき、針にやられてしまうのが先か。ああ、とにかく早くミカドを助けてやらなければ――。
静雄が再びケージに手を伸ばすより先に、イザヤが動いた。

きゅうい、と甘やかな声で鳴いたかと思うと、ミカドの顔をぺろりと舐めたのだ。立てていた針も収めて。

驚きに静雄と杏里が目を見開いている間にも、イザヤはミカドにスキンシップを繰り返し、ミカドも嬉しそうに、ちちっと鳴いた。こんな風に好意的に接するイザヤを静雄は見たことが無い。ミカドの何がお気に召したのかわからないが、ご機嫌なイザヤにただただ驚くばかりである。
すっかり仲良しになっている二匹に、杏里はほっと息をつく。

しかしやれやれ良かった、と人間二人の空気が和んだのも束の間、ミカドの小さな体にすりすりと顔を寄せたイザヤは、そのままミカドの体をお腹に抱え込んでしまった。くるり、綺麗に丸くなったイザヤに、ミカドは完全に隠れてしまう。だがそのうち息が苦しくなったのか、ミカドがじたばたと暴れ、腹の下から鼻先だけが飛び出した。
しかしそれ以上は出られないらしい。

「おい、ノミ蟲……、ミカドを離してやれ」

そう言って手を出した静雄に、イザヤは再び警戒体勢をとった。離すもんかとますます丸まる。無理矢理引っぺがしてもいいのだが、ハリネズミはで存外弱い生き物だ。細い足は糸に引っ掛かるだけで怪我を負う。ミカドを全力で抱え込んでいる体を引っ張ると、怪我をしてしまう可能性が高い。餌で釣ろうとしても、イザヤはミカドを離さない。頑なに抱きしめて、丸まるばかりだ。
ではミカドを餌で釣ってみてはどうかと思ったが、先程おやつをたらふく食べたばかりであったり、腹が満ちて軽い運動をしたためか、イザヤの腹の下で寝息を立て始めてしまった。

――困った。

静雄はケージの前で頭を抱える。なんとかミカドをイザヤの腹の下から出してやらねばならないが、どうしたらいいかわからない。静雄とイザヤの睨み合いばかりが続く。

「あの」

遠慮がちにかけられた声に、静雄はようやくイザヤから視線をそらした。眉尻を下げた杏里が、困ったような笑みを浮かべていた。

「……悪いな、なんとかミカドを出してやろうと思うんだが」
「いえ、いいんです」

杏里はちらりとイザヤとミカドに目をやった。杏里相手にも、隙を見せるものかとイザヤは針を立てる。余程ミカドを気に入ったのか、とられることを警戒している。

「このお部屋に、ハムスターが一匹増えるのは可能ですか?」
「……そりゃ、可能だが」
「ご迷惑で無ければ、……とりあえずはこの子を、ここに残していこうと思うのですが」

その申し出に、静雄は目を瞬かせた。

「この子も、お腹の下が気に入ったみたいですし、引き離すのも難しいでしょう?」
「確かにそうだが」

お前はそれでいいのか。
静雄がそう尋ねると、杏里は小さく笑みを浮かべた。少女らしくない大人びた笑みだと静雄は思った。

「仕方ないです」

そうしてその日は杏里は静雄宅を辞去し、次の日にはミカドのケージやらご飯やら、いろいろ持参して再び静雄の元に訪れた。一晩たてばもしや、と思ったが、やはり二匹は離れず、ミカドを捕まえようとすればイザヤが怒った。どうしても引き離せない。せっかく杏里が持ってきたケージも、使いようがなかった。

こうして結局、ミカドは静雄の家で暮らすことになってしまったのだった。


****


「――よぉ」
「こんにちは」

偶然池袋の町で会った杏里に、静雄は片手をあげて挨拶をした。学校帰りらしい杏里は、静雄に丁寧に頭を下げる。杏里の横にいた男子高校生が、静雄と杏里を見比べて、目をぱちくりとさせている。池袋の喧嘩人形の名はよく知られているから、何故友人がその喧嘩人形と挨拶を交わしているのだろうと驚いているのだろう。そのまま二人の顔をまじまじと見ているのも失礼だとはっとしたのだろう、慌てて静雄に向かって頭を下げた。

「こ、こんにちは」
「おう」

そういえば見たことのある顔だ。その童顔は見覚えがある。確か、ダラーズのメンバーだった気がする。それと、――何度かあのノミ蟲野郎と一緒にいたのを見たことがある。思い出すだけで、静雄の額には青筋がびきびきと浮かぶ。静雄の苛立ちを察した男子高校生が、童顔をちょっとだけひきつらせていることに、気付き、慌てて怒りをおさえつける。悪いのは目の前の少年ではないのだ。そう言い聞かせてなんとか衝動を押し殺した。

「……元気だぞ。今日も朝から、リンゴ食ってた」
「そうですか」
「ああ」

ミカドの様子をそれとなく伝えてやれば、杏里がほんわりと笑う。杏里の笑顔を見て頬を染め、その後に静雄を見て、少年は複雑そうな表情をした。親しそうな二人の仲を疑問に思っているのがバレバレだが、その疑問を口には出来ないらしい。わかりやすいヤツだな、と内心で少しだけ笑い、静雄は煙草の煙を吐き出した。わかりやすい少年の様子に気付かない杏里は、ミカドのことを考えているのか、にこにこと笑うばかりだ。

あれ以来、ハムスターを杏里の元に帰してやるために、何度も静雄はミカドとイザヤと引き離そうと努力をしているのだが、やはり一度として成功はしなかった。とにかく、イザヤが必死なのだ。静雄がいる時には、ミカドを腹から出さない。決して触れさせないのだ。あそこまで必死だと、流石に可哀相になってしまって、無理に引き離すことに罪悪感まで湧いてくる。杏里には悪いが、このままミカドとイザヤを一緒にいさせてやりたいな、と最近では思っている。
そのかわりといってはなんだが、杏里を家に招いたり、イザヤのケージごと公園に持っていったりと、ミカドの様子は見れるようにしている。静雄は申し訳なく思うのだが、杏里はミカドの元気そうな様子が見れれば満足らしい。新しいハムスターを飼うこともなく、イザヤの腹の下で眠るミカドを見て、静かに笑みを浮かべている。杏里が来た時には、腹の下から顔をのぞかせるミカドも、心なしか嬉しそうに見える。杏里がお土産に持ってくるオヤツが単純に嬉しいのかもしれないが、いつもより目を丸くさせて、嬉しそうに鼻をぴすぴすさせているから、きっと杏里に会えて嬉しいのだろうと静雄は判断している。

「また、会いに来てやってくれ」
「はい、喜んで」

笑顔で親しげな会話を交わす二人に耐えられなくなったのか、少年が「あの」と声をあげた。複雑そうで不安そうな表情は、とても必死だ。

「あの、二人は、知り合いなの……んですか?」

杏里に訊ねようか、静雄に訊ねようか迷った結果、不思議な丁寧語になってしまった。その不器用さに、静雄は、ぷっと噴き出した。

「はい、知り合いですよ」
「……そうなんだ」

あっさり杏里から答えが返ってきて、少年はやはり困り顔だ。だが、ただの知り合い、と良い方向に考えたのだろう。すぐに笑顔になった。友人である自分の方が、知り合いよりは近しいと安心したのかもしれない。ここで恋人です、だと杏里に答えられたのならば、一体どんな顔をするのだろう。この世の終わり。きっとそんな表情をするのだろうな。くるくる変わる少年の表情を楽しみながら、静雄はらしくなくそんな意地の悪いことを考えてしまった。

「安心しろや、ただの知り合いだ」
「別に、僕はそんなつもりじゃ、ないですよ」

頬を赤くしてどもってしまう時点で、語るに落ちている。静雄に図星をさされた少年は、もごもごと居心地が悪そうに困っている。ショルダーバックをぎゅう、と握りしめ、照れているのはなんとも初々しい。高校生らしく、素直で可愛らしい反応だ。微笑ましい。

しかし、ちょっとばかし苛めすぎたようである。
まだもじもじと恥ずかしがっている少年を、流石に杏里が不思議そうに見ている。顔をのぞきこまれて、少年はますます赤面してしまった。その様子に静雄は思わず苦笑する。反応が面白いからとついからかってしまったが、少し可哀相なことをしてしまった。
「からかって悪かったな」そう言って少年の頭をくしゃり、撫でてやろうと静雄は手を伸ばす。

しかし、静雄の指が少年の髪の毛に触れることは無かった。

その前に、静雄の首元に、薄いナイフがぎりぎりまで押しつけられていた。
これしきのナイフで傷つくような軟弱な肌はしていないが、ナイフの先にいる人物に、静雄は顔色を変えた。

そこには憎くて憎くて、殺したくて仕方が無い男がいた。

ここまで接近していたのに、その存在に気付けなかったとは、不覚だ。ぶちん、と頭の中で何かが切れる音を感じながら、静雄は表情を怒りに染め上げた。

「臨也、てめぇ……!」

叫んだ拍子に、静雄の口から火のついた煙草がぽろりと落ちた。ぎりりと食いしばった歯の間から、殺したい男の名前を叫ぶ。

「触らないでくれない」

しかし、いつものようにこちらを馬鹿にしたような口調ではなく、ひどく苛立ったような声で男――折原臨也はそう淡々と返した。
臨也の登場に怒りで真っ赤になった頭が、いつもと違う臨也の様子に、少しだけ冷えて落ち着きを取り戻す。

おかしい。
折原臨也は、静雄を嫌い、警戒し、池袋にやってきたときには、静雄に見つからないように、いつもこそこそとしている。時々臨也から喧嘩を売ってくることもあるが、その場合は直接喧嘩には来ない。静雄を陥れようと裏で画策するような小賢しい野郎だ。
だというのに何故、今日はわざわざ自分からナイフを向けにやってきたのだろうか。
その疑問は、すぐに解消された。

臨也がナイフを握った手とは逆の手で、少年の体を自分に寄せるようにして、しっかりと抱きしめていたからだ。

「この子に触るな」

いつもように嘲笑ではなく、明らかに怒りを浮かべ、臨也の双眸はギラギラと静雄を睨みつけていた。普段の二人であれば、怒り狂っているのは静雄の方ばかりであるというのに、今日はまるで逆だ。
臨也の腕の中の少年が、静雄の喉元にさらに突きつけられたナイフに青ざめ、ひ、と小さく悲鳴を上げた。

「臨也さん、何してるんですか!」
「君も、簡単に触らせてるんじゃないよ」
「何の話ですか!」

なんとか腕の中から逃げ出そうとじたばたともがくが、臨也は離そうとしない。暴れるほど、臨也の拘束がきつくなるものだから、少年は困り果てている。

「いい? シズちゃん。今後一切、この子に触れるな。関わるな」
「ああ?」
「脳みそまで筋肉のシズちゃんには難しかった? いいから、この子に関わるなよ」

話は終わりだとばかりに、パチンとナイフを折りたたむと、臨也は少年を抱き寄せたまま後退した。いつもと違う臨也の様子に困惑していた静雄は、咄嗟に臨也を追うことが出来なかった。ナイフをしまい、空いた右手で少年の腕を掴むと、臨也は静雄と杏里に素早くくるりと背を向けた。
そのまま、走り出す。腕をとられた少年も、引っ張られて転びそうになりながらも一緒になって走り出した。

「じゃあね、シズちゃん! 二度と会わないことを祈ってるよ! ていうか死ね!」
「待て、このノミ蟲野郎!」

振り向いた臨也は、いつもように人を馬鹿にした笑みを浮かべて、いつもように静雄を苛立たせることを口にした。そこでようやくいつもの調子を取り戻した静雄が、何か投げるものはないかと標識を握りしめたところで、聞こえた臨也の声にその動きを止めた。

「ほら行くよ、ミカドくん!」
「なんで僕まで!」

静雄が驚きに動けないでいる間に、臨也と少年――帝人と呼ばれた少年の姿は、静雄と杏里から遠くなった。こちらを振り向きつつ、帝人は杏里に向かって「園原さん、ごめん! また明日ね!」と大きく声を張り上げた。杏里はにこりと小さく笑みを浮かべて、帝人に手を振った。


「……おい、いいのか。一緒に帰ってたんじゃねーのか」

取り残された杏里が寂しそうで、思わず静雄はそう声をかけた。
このまま臨也を追っかけて行ってブチ殺してやりたいのは山々だが、忌々しいことにとっくに逃げてしまっていたし、今回は怒りより困惑の方が強かった。
いつもと様子の違う憎い男に、ミカドと呼ばれた少年。その少年に触れようとした静雄に対する、臨也の怒り。
臨也のナイフがあてられていた喉にそっと指をあてると、わずかだが血が滲んでいた。

「仕方ないです」

淡々と答えた杏里の声は、いつも通り平淡だった。

「そうか」
「はい」

どうして杏里があのハムスターにミカドと名付けたのか、静雄は理解した。
理解して、ますます折原臨也という男のことが嫌いになった。そして「性格が悪いから」という理由だけで、ハリネズミに憎い男の名前をつけたことを後悔した。
とんだ皮肉にしかならないではないか。

「……暇なら、ミカド見に来るか」

静雄の誘いに、杏里は振り向いて、眼鏡越しに大きな目をきょとんとさせた。静雄の仕事はもう少し暗くなってからだ。だから、静雄も今の時間はさして忙しくはない。杏里が部屋にハムスターを見に来る時間くらい、十分にある。

「いいんですか?」
「ああ。……どうせノミ蟲の腹の下で寝てるだろうが」
「ふふ、そうですね」

少年の頭を撫でられなかった代わりに、静雄は杏里の頭をくしゃくしゃと出来る限り、優しく撫でてやる。
今度、折原臨也に会ったら、いつもより力を込めてぶん殴ってやろうと心に決めながら、静雄は新しい煙草に火をつけた。




針の無い君なら、懐にいれてあげるよ。
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