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「くゆらせた煙」 サンプル


表紙は餅さんから頂きました。ありがとうございます!




「――ねぇ」

夜着をやんわりとはぎとられて、目を合わせられる。途端、夜着が遮断していた煙がむわりと帝人の顔にかかる。煙に、帝人は大きく咳込む。
ばさりと音を立てて、夜着が落とされた。
贅沢にも綿がたっぷり入れられた温かい夜着だ。肩からぬくもりが消え、冷たい空気が肌を冷やす。この夜着も、いつの間にか臨也の指示で帝人の部屋に入れられていたものである。まったく、羽振りのいい男だ。
だらしもなく肩からずり落ちた襦袢が、いやに女郎めいていて、婀娜っぽい。ああいやだな、と襦袢の襟を戻したら、もったいないと臨也がいやらしく笑った。

「ねぇ、君は俺に煙管をくれないの?」

臨也が浮かべる笑みの方が、遊女の己より余程婀娜っぽい。悔しいほどに美形な男だと思う。
すっと通った鼻筋に、切れ長の涼やかな目、引き締まった顎、薄く形の良い唇。その唇が緩やかに弧を描くと、妙な色がでる。紺色の襦袢から覗くしなやかな肌も艶めかしく、体躯は細身ながらも締まっていて、どきりとさせられる。役者や、女達が嫉妬しそうなほどに綺麗な男だ。その綺麗な顔で、綺麗な唇で、涼しげな声で、臨也はそんなことを言った。

「……僕は、煙草を呑みませんから」

すぃ、と臨也から目を逸らす。視界の端で、臨也がますます深い笑みを浮かべるのが見えた。

「!」

ふわりと鼻先に煙が吹きかけられ、思わず帝人は目を瞑った。強烈な香りに、頭がくらくらとする。
芯から揺さぶられているようだ。
甘い、甘い。おかしくなりそうな香り。

「つれないねぇ」

甘い煙に、笑い混じりの臨也の声が溶け込む。
合わさって、まるで毒のような甘さを持ったそれに、胸がざわりとした。頬に臨也の指が滑る。厚化粧があまり好きではない臨也に合わせて、帝人の化粧は薄い。もともとおしろいをほとんどはたいてないうえに、汗をかいたから、化粧は粗方落ちてしまっているだろう。
ああ、いやだ。どれだけみっともない顔をしているのだろうか。部屋が薄暗くて助かった、と小さく息をついた瞬間、その息をがぶりと飲み込まれた。
ぴたりと合わさった口に、くぐもった声が漏れる。甘ったれた帝人の声に臨也の喉がくつりと鳴る。割られた唇から、臨也の舌がぬるりと入りこんできた。同時に、臨也がたっぷりと吸いこんでいた煙が口の中に流れ込む。
麝香の香り。喉から鼻に抜ける香りこそ甘いが、煙は苦く帝人の喉を焼いた。

「う」

帝人が苦しげに声を漏らしても、離せと臨也の肩を叩いても臨也の指は帝人の顎を掴んだままで、逃がす気配はない。呼気と共に送り込まれる煙を、飲み込まされる。

「――――っ」

耐えきれず、臨也の肩をどんと押した。帝人の限界をきちんと把握していたのだろう。臨也の身体は簡単に離れた。

「ごほっ、ごほ! う、く…」

煙が喉を焼き、その苦さに咳込む。
苦しい、苦い、苦しい。
世の愛煙家はどうしてこんなものを好んで呑むのだろうか。まったく理解に苦しむ。肺まで入り込んだ煙が、帝人の呼吸を乱す。咳込んでも肺にけぶる煙を逃がせず、また咳込むはめになる。

「う……ふぁ」

苦しくて、涙を滲ませる帝人を、臨也がひどく楽しそうに見つめていた。本当になんて男だろう。咳込みながら、帝人は臨也を横目で睨めつける。しかし臨也はひらりと笑みを浮かべているばかりだ。
蹲る帝人の横に、ぽとりと煙管が落とされた。
まだ火が落とされていない煙管は、ゆらゆらと儚い煙を登らせている。
甘い、甘い。麝香の香り。

「……この煙管」

声がぽとりと、蒲団の上に一緒に落ちたようだった。そんな気の入っていない声ですら、臨也の声は良い声だった。無駄にきんと高いこともなく、肝が震えるようなどすのきいた声でもない。
ちょうどいい高さ、ちょうどいい柔らかさ。耳にしっくりと馴染む、良い声だ。ああ悔しい。どうしたって帝人は臨也の声を嫌いになれない。何をされても、何度でも聞きたいと思ってしまうのだ。

「君にあげる」
「……」

無言で睨みつけるが、臨也は表情を変えない。
憎らしい、悔しい。
この表情を余裕のないものにしてやれたら、どれだけ胸がすく思いだろうか。
その間にすっかり身支度を整えた臨也は、部屋の入口にすらりと立っていた。帰るつもりなのだろう。明六ツにはまだ随分とはやく、まだ朝と呼ぶには早い時間だ。客の帰りといえど、こんな仕打ちをされて見送る気にはなれなかった。ふい、と目を逸らした帝人に、臨也は愉快そうに声をあげて笑った。

「それじゃあ」

帝人が不機嫌なのを楽しそうに見やる。

「……また」

着物の裾をちらりと翻し、臨也はあっさりと部屋を退出してしまった。少しは名残惜しそうな顔をしてみれば可愛げがあるというのに。この間臨也にそう言われたことを、そっくりそのまま心の中で思う。姐さん花魁のように「また来てなんし」なんて可愛らしく甘えられればいいのだろうか。行かないで、傍にいてと縋り、居続けを願えばいいのだろうか。否、そんなことをしようとも、臨也に冷笑を浮かべられるだけだろう。

――こんな思いを。
一体あの男は、何人の女にさせているのだろう。

蒲団の上に転がったままの煙管から、細い煙が立ち上る。煙草がもうすぐ燃え尽きるのだろう。蒲団に火がつく前に、火を完全に落としておかなければ――。そう思いつつも、帝人は動けない。ぎりりと夜着を握り締め、爪をたてる。

ぼろり、と涙が零れた。
もちろん、煙が目に染みたわけでもない。
悔しい、悔しい。悲しい、悔しい。

なんてひどい男だろう。

他に女がいることを隠そうとすらしない。おそらく帝人の悋気など、どうでもいいと思っているのだろう。ただ、そうして振り回される帝人を見るのが楽しいのだ。ただ振り回されるのも悔しいから、最近では臨也の前で表情を変えぬよう努力をしている。そんな帝人の些細な抵抗すら、臨也にはお見通しなのだろう。楽しいのだろう。一人になると意地も続かず、こうして涙が出てしまう。悔しい、悲しい。自分の弱さに泣いてしまう。
あの煙管を臨也に贈った女はどうしているだろう。
臨也の口の良さにころりと転がされ、のぼせあがって、臨也に甘えて――抱かれているのだろうか。

それだけで腹をじわりと焼くような気持ちになる。彼の肌を知っているのが、自分だけではないと思うだけで、ぎりぎりと胸を締め付けられる。
こんな気持ちを味わっている女が、一体あと何人いるというのだろう。騙されたままの女の方が余程幸せだろうか。いいや、どちらにしても、あの男に焦がれて焦がれて、心をすり減らしているに違いない。
なんてひどい男。

煙管から立ち上る麝香の香り。煙草の香りはどうにも好きにはなれない。
けれど、この香りは臨也の香りだ。こうして部屋に濃く香りを残して行くのは、きっとわざとなのだろう。だから彼が訪れない時も、帝人は臨也を忘れることが出来ない。ふとした瞬間に、彼の声を、笑顔を、体温を思い出してしまう。
本当になんてひどい男。

「こんな煙管……っ」

絞り出した声は、己のことながらひどく弱々しかった。

――けれど、どうしようもなく惚れている。
ああ、遊女の恋なんて馬鹿げている。幼い頃から妓楼で暮らす帝人は、姐さん達が客に惚れ、身を崩すのを何度も見てきた。春をひさぐ遊女が恋なんてするものじゃない。

「誰が使うものか……!」

麝香のけぶる室内で、ただひとり。
帝人は声を殺して泣いた。







臨也はひやりと早朝の冷たい空気を頬に感じていた。ほてりの残る身体に、冷たい空気が心地良い。
しかし臨也の沸き立つ心は冷えることを知らないようだ。興奮を抑えるように、ふぅと静かに笑みを浮かべて、妓楼を振り返る。中の様子など見えぬが、その様はありありと想像が出来る。
く、と息をつけば強い麝香の香り。
先ほどまで帝人の前でくゆらせていた煙管の匂いだ。
今頃、あの子もこの匂いに包まれているだろうか。
部屋に一人おいてきた遊女を思い、臨也はうっそりと笑みを浮かべた。

――きっと今頃、泣いている。
声を殺して泣いているだろう。臨也が他の遊女から貰った煙管を前に、泣いているのだ。

ああ、なんて哀れで愚かなのか。

たとえ声を殺そうとも、この自分には、あの子が泣いていることがたやすくわかってしまう。それがわからないほど、あの子は幼いのだろう。哀れで、幼い。
帝人のことを考えるだけで臨也は笑みを抑えることが出来なかった。きっと帝人は、煙管を捨てられない。他の遊女を思い、我が身を思い、叩き折ることだって出来やしないのだ。
あの煙管を臨也に押し付けた遊女の顔などとっくに忘れてしまったが、少しは感謝してやってもいいと不遜にも思う。
臨也が煙管を取り出した時の、あの哀しそうな顔。すぐに無表情に取り繕ったが、帝人はまるで捨てられた幼子のような表情をしていた。

「愛しいねぇ……」

――ああ本当に、愛しくてならない。






序の部分です。帝人くんが遊女ですが、臨也以外との絡みはありません。
最初から最後までひたすら臨帝です。
サンプルはシリアスですが、最終的には結局甘い仕上がりとなっております。
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